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<8・トラブルメーカーはどこにでも>

 ホームルームが終わるや否や、あっという間にミノルはクラスメート達に囲まれてしまうことになる。

 男子校なのでもちろん周囲は男子ばかりなのだが、小柄だったり中性的だったりする少年達も混じっているからかあまりムサ苦しいという感じはしなかった。ただ、少々騒がしいというだけで。


「陛下、陛下!魔王の記憶ってどんだけあるの!?本当に魔王様なのー!?」


 ぐいぐいと来る輩もいれば。


「きっとものすごい魔法を使うんだろ……怖いんだろ……俺知ってる……」


 何やらあきらかにびびってるっぽいのもいれば。


「魔王ってすごく強くて美丈夫だって聞いてたのに思ったよりモヤシで弱そう……なんか残念感がすげえ……」


 などと、かなり失礼なことを言う奴もいる。


「えっと、その……」


 恐らく、自分が来るよりもかなり前に〝魔王の到来〟は予告されていたということなのだろう。その間に、かなりイメージが、それはもあらぬ方向に膨らんでいったということに違いない。

 ミノルがドン引きしているのもよそに、四方八方から様々な声が投げかけられることになる。


「はいはいはーい!魔王様、先代の戦いの時のこと詳しく訊きたいでーす!僕、歴史に興味があって!」

「あ、ずりい、俺の方が先に訊くんだってのに!」

「あの、継承者を選ぶ基準について少しでも何か教えていただければと思うのですが……やっぱり、見た目って大事ですかね?地味系男子はお呼びでない?」

「見た目で継承者決められてたまるか!やっぱ強ぇ男だろうがよ、ここは!」

「あ、でも、魔王様の好みの奴じゃないとその気にならないから無理ゲーという問題が……」

「ていうか魔王様の見た目が地味」

「なんか思ったほどデカくない」

「思ったほど筋肉ない……思ったより普通の顔……」

「ああああああいやいやいやその、変な想像をしていたわけではなくてですね」

「ミノルくーん、とりあえず魔法やってみせて!魔王専用魔法ってあるって聞いたんですけどマジっすかあ?」

「ばっかこの教室で魔法ぶっぱなしたら大変なことになるだろうがそれくらい気づけや!」

「やっぱり気になるのは継承者だよ、先代の魔王だった時に恋人だったフレア様に近い見た目の人が有利なんじゃないの?とかそういう噂がちらほらと」

「え、じゃあ僕みたいな男の娘は有利?有利?ねえそうなのかな、ね、ね、ね?」

「お前らうっせえええええ!俺は聖徳太子じゃねえっつの!!」


 思わずシャウトするミノル。いや、そんなあっちからこっちから好き勝手なこと叫ばれたって、判別できるはずがない。というか、自分はそんなに地味な顔なのか、残念な見た目なのか、そうなのか。いや別に容姿が自慢だなんてそんなことはないけれど、そんなに地味だの普通だの連呼されると切なくなってくるのだが。


「ハイハイハイ、皆さん静粛に!」


 パンパンパン!と静が手を叩いてみんなを鎮めた。


「そんなに一斉に話しかけては、陛下が混乱してしまいます。そもそも、彼は今日この世界に来たばかりで、世界の常識も何も存じ上げないのですよ?それと、魔王陛下としての力は全て記憶と共に失われていますから……過去について問われても答えられるはずがありません。それは、記憶を取り戻してからお尋ねになってください!」


 どうやら、彼はこのクラスでも中心的人物らしい。静が言うなら、という空気で騒いでいた少年達の勢いが少し引っ込んでいくのを感じていた。


「それと、私は陛下は充分かっこいい見た目をしてらっしゃると思います。……仮にも先代の魔王様に対して、あまり失礼な言葉を言うのは慎むように。いいですね?」

「あ、はい」

「ご、ごめんよ……」

「わかればいいんです、わかれば」


 そこをストップかけてくれたのも助かる。というか。


――かっこいいって、静はそう言ってくれるんか……。


 ちょっとだけ嬉しい、と思ったのはここだけの話。無論、単なるフォローのつもりなのだろうけれど。


「カッコつけてんじゃねえよ、静」


 その時、剣吞な声が飛んだ。全員が、はっとしたようにそちらを振り向く。

 群衆が割れた向こう側。窓際の席で、机に脚を乗せて行儀よく座っている大柄の男がいるのが見えた。筋骨隆々、刈り上げた茶髪と茶目が特徴の男。うげ、とミノルは思わず呻いた。彼の逞しい右腕にドラゴンを象ったような刺青があることに気付いてしまったからだ。

 誰がどう見ても、ヤンキー。下手したら、ヤクザさんに見えかねないくらい顔立ちもいかつい。ぶっちゃけ、見た目だけなら関わりたくないタイプの男である。


「俺様はわかってんだぜ。てめえが一番、魔王陛下の継承者の座を狙ってるってことはよお」


 にやにや笑いながら、男は告げる。


「確か、魔王ルカイン様の参謀にして恋人だったフレア様ってのは……中性的な美青年だったって話じゃねえか。お前、結構似てるんだってなあ?前世の恋人に似てる自分が一番選ばれる可能性が高いって、余裕ぶっこいてんじゃねーの?え?家が結構貧乏で、奨学金で強引にこの学校に入ったんだもんな。継承者の座は、家族のためにも喉が出るほど欲しいよなあ?」


 思わず、ミノルは静の方を見る。静はこちらを見て「よくある話ですよ」と言った。


「彼の名前は、五條泰輔ごじょうたいすけ。まあ、見た目通りの人物です。結構いいところの家の出なのに、なんでああなっちゃったんでしょうねえ」

「ヤクザさん的な?」

「ヤクザさんの中でも、任侠も仁義もクソもない下っ端チンピラって感じがしますよね。性格も三回転半捻りして複雑骨折しているし。なんとも面倒くさい人なんです」

「おいコラお前ら、全部聞こえてんぞ!?」


 ミノルにひそひそと言う静の言葉は、残念ながら丸聞こえだったらしい。びきびきとこめかみに青筋を立てる泰輔。ようは、無視されるのが大嫌いなのだろう。

 ようは構ってちゃんなわけね、とミノルは結論を出す。

 時代遅れのヤンキー風な見た目はともかくとして――みんなに構ってほしくて迷惑かける面倒くさい人、というのはクラスに一人や二人いるものである。


「私のことをどう思おうが、ご自由にどうぞですがね」


 静は、結構侮辱的なことを言われたのにちっとも堪えていないようだった。


「最終的にどういう基準で継承者を選ぶのか……それに関しては全て、陛下が自らお決めになることです。我々がどうこう言えることではありません。それに、さっきも言いましたが、陛下には過去の記憶がないのです」

「だからなんだよ」

「記憶がない以上、過去の恋人と似てる似てないなんて、基準にもなりゃしないと思いませんか?それよりも、今この人がその人物を信頼するかしないかの方が大切であるはずです」


 少なくとも、と彼は続ける。


「現時点で、あなたの印象はけして良いとは言えないことでしょう。……選んでもらいたかったら、頑張って挽回することですね。継承者のポジションが欲しいのは、貴方も同じでしょう?なんせ……人一倍承認欲求が強くてらっしゃるようですから」

「てめえ、静!」


 そんなに挑発して大丈夫なのか、とミノルがハラハラしていると。案の定、泰介は椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。

 うわ、やべえ、と周囲の他の生徒たちが引いていく。あっという間に男はずかずかと静のところまで距離を詰めてきた。


――ど、どうしよう、これ、止めるべきか!?


 焦るミノル。

 静は身長162cm程度しかない。対して、泰介は2メートル近くあるようだ。横幅も体重も段違いだろう。その体格差は、子供と大人ほどもある。まともな喧嘩になったら、とても静が勝てるようには思えない。


「俺様はな……てめえのその、いつも見透かしたようなツラがダイッキライで仕方ねえんだ。うざくてうざくて、何度そのお綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやろうと思ったかしれねえ」


 血走った目で、静を睨む泰輔。


「でもな、今までは寛大な心で見逃してやってたけどよお。……そろそろ堪忍袋の緒も限界なんだわ、わかるか?」

「寛大な心?御冗談を。……下手な暴力沙汰起こして退学になったら困るというだけでしょ?」


 そんな泰輔に、静は一歩も怯まない。それどころか、せせら笑うような笑みを浮かべて大男の顔を見上げている。


「私を殴って怪我でもさせれば、貴方はすぐに退学処分です。既に先生方から目をつけられてるみたいですし、何度も問題を起こしてるって知ってますよ?……これ以上バッテン重ねるのは、貴方の為にもならないと思うんですがね」

「テメェ……!」

「まあ、喧嘩になっても……私は貴方に負ける気はまったくありませんが。お忘れではないでしょう?私は……」

「この野郎おおお!」


 やはりと言うべきか、泰輔の我慢は長続きしなかった。男は丸太のような腕を振り上げ、静に殴りかかる。

 これは自分のせいなのか、そうなのか。ミノルが慌てて飛び出そうとした、その時だった。


「これだから、脳みそ空っぽな馬鹿は嫌いなんです」


 静がため息をついて、そして。


「〝Wind〟」


 ぼそり、と呪文のようなものを呟いた。瞬間、突風が教室の中で巻き起こることとなる。


「なっ」


 何が起きた、と思った次の瞬間。泰輔の体が吹っ飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられていたのだった。


「うがああああああああああ!?」


 どんがらがっしゃん!と机や椅子がひっくり返る派手な音が響き渡る。あれは痛い、とミノルは唖然とした。

 今、何が起きたのだろう。

 見えない力に、彼がぶっ飛ばされたようにしか見えなかったのだが。


「人の話は最後まで聞きなさいってば」


 呆れたように言う静。


「この学園で、魔法の成績トップなのが誰なのか忘れたんですか?……こんな下級魔法も防げないような男なんて、お呼びじゃないんですよ」


 ざわざわし始める教室内。他の生徒たちの声が聞こえてくる。


「こえええええ……やっぱ千堂が一番こえええよ」

「さすが生徒会長……ていうか、魔法だけじゃなくて他の科目でもほぼトップだよね。体育だけちょっと苦手みたいだけど」

「五條も喧嘩売る相手選べばいいのに」

「あいつ、力はあるけど魔法はからっきしだもんな……そりゃ防げねーわ」


 どうやら、この千堂静という少年、華奢で弱そうな見た目に対してとんでもない力を秘めているらしい。あっけにとられるミノルの前で、静は勝ち誇ったように言う。


「魔法陛下の参謀だったフレア氏は、魔法の実力においても……陛下と同等の実力を持っていた、とされています。恋人になれるかどうかはともかくとして、記憶が戻れば……陛下が選ぶ継承者がどんな存在になるのかなんて自明の理です」


 ふん、と彼は鼻を鳴らす。


「貴方も力自慢なら理解しなさい。……結局のところ、強者こそが正義なんですよ、この学園ではね」


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