好きになれる人を探せ、とか簡単に言われても困る。
相手が男だ、というのはやっぱり心理的ハードルが大きいのだ。ミノルは今まで、自分がストレートだと思って生きてきた人間である。男性アイドルとか、イケメンだなーとか美人だなーとかそういう感想を抱いたことはあるがその程度。恋愛対象になるかどうかなんて、考えたことさえなかったのだ。
とはいえ、他に元の世界に戻る手段がないと言われてしまっては、従う他ない。
とにかくちょっとイイな、と思う相手を見つけて、その人物を抱かせてもらって(自分が抱かれる側になるというのはナシだ、これは絶対譲れない!)元の世界に帰らせてもらうしかないだろう。
「……憂鬱」
「申し訳ありません、陛下」
「そう思うなら、もうちょっと気を使ってくれよ、もう」
今。
ミノルは静と共に、学園の廊下を歩いているところだった。
自分は一応、三年一組に在籍することになるという。とはいえ、あくまで“そういことになる”というだけであって、自分は授業を受ける義務もなく、単位なんかも関係ないそうだ。あくまで、生徒たちと交流するのが目的。休み時間はなるべく交流に時間を使って欲しいが、別に授業中は勉強が面倒ならサボっていてもいい、ということらしい。記憶を早く戻したいなら、なるべく魔法の授業には出た方がいいかも?とのことであったが。
昼間は学校にいて、それ以外の時間は学生寮に入る。寮の部屋はとりあえず静と同じ部屋になったようだ。制服や教科書なども、後で一式支給されるのだとかなんとか。
「今から、三年一組の教室で皆さんに貴方を紹介します。明日の朝礼でも紹介という名目で壇上に立って頂きますので、そのつもりで」
ちなみに、静は校長に自分の世話係や案内役を任されているようだ。聞けば、彼はこの学校の生徒会長だという。道理で、優等生オーラが漂っているわけである。眼鏡をかけているからそれっぽいし。
「ああ、そうだ」
校長室は四階だった。三年一組の教室は二階であるようだ。
階段を降りる途中、ぴたりと足を止める静である。
「いくつか、注意点があります。面倒かもしれませんが、しっかりお耳の穴広げて聞いてくださいね?」
「なんだよ」
「まず一つ。学園の敷地外に出る時は許可がいります。敷地の中に小さなスーパーやコンビニもあるので、あまり外へ出る必要性を感じないかもしれませんが……貴方の安全のためなので、そこはご了承ください。ちょっと遊びに行きたい、程度の理由ではなかなか許可は降りません。そして、許可が出たとしても一人で出たいと言ったら却下されますので、そのつもりで」
「それは、あれか。魔族を排斥する運動が高まってるから、か」
「はい」
静は眉間に皺を寄せて言う。
「貴方は記憶も戻っていませんし、この世界の感覚も鈍いでしょうからわからないと思いますが……この世界の貴方は魔族扱いになってます。そして、人間と魔族は、この世界の住人なら容易く見分けられるんです。角が生えていたりするわけじゃないんですけど……例えるなら、外国人は顔を見ればわかる、みたいな感覚です」
なるほど、顔立ちなどの雰囲気が異なるからわかる、ということらしい。
ミノルは天を仰いだ。いろいろ察してしまったからだ。
「あー……学園の外には、魔族が嫌いな連中がうようよしてて危ないわけね?」
「そういうことです。ここ、トウキョウ自治区は魔族も多く住んでいますから、まだ安全な方ではあるんですけどね。チバ区やカナガワ区なんかに行くともっと魔族の扱いは悪いというか……なるべく魔族はトウキョウ自治区に住むように言われているんです。つまり、魔族の人口そのものが、人間と比べて圧倒的に少ないということでもあるのですが」
「なるほどねえ」
その上で、ミノルがもし先代魔王だと知られたらどうなるか、なんて明白である。
魔王の存在は、人間たちにとって邪魔でしかないはずだ。しかも、次の世代の魔王に継承する前にミノルが死ねば、少なくとも当面は魔王と呼ばれる存在が現れないことになるはずである。魔族排斥派の人間達からすれば、願ったり叶ったりというところだろう。
「……俺、先代魔王だって知られたら暗殺されることもある?ひょっとして」
「可能性としては、充分かと」
「うわおう……」
そりゃ、一人でほいほい外になど出せないだろう。無論、ミノルがそうだと名乗らなければ魔王だとバレない可能性は高いが――少なくとも現時点では、ミノルは魔王の力なんぞ一つも使えないわけである。記憶が戻らない限り、力も戻らないと言う話だ。現状は、ちょっとサッカーが得意で足が速い男子高校生でしかない。他人と喧嘩したことがあるわけでもないのだ。暴徒に襲われたらひとたまりもないだろう。
安全な学園の外にはそうそう出したくないし、出すならガチガチに護衛を固めたいと考えるのは自然なことだ。
「それと、学園の中も……別の危険がありまして」
胸糞悪いんですけどね、と静。
「魔王陛下の継承者……次の魔王になった者は、学園から莫大な報奨金を受け取ることができるんです。また、魔王学園は有力な支援者も数多くいますから、様々な支援制度を利用したり、優遇を受けることも可能となっておりまして」
「めっちゃ魔族として名誉なこと、って認識でおっけ?」
「はい。つまり家ぐるみで、次世代魔王の地位を狙っている者も少なくないのです。息子が魔王になれば、家族全員が一生遊んで暮らせるくらいのお金が手に入りますからね。……つまり、何が言いたいかわかります?」
「……おう」
最悪だ。
あまりにも、最悪すぎる。ミノルは手摺に捕まって、はああああああ、と深くため息をついた。
「魔王の継承は、セックスで行われる。裏を返せば、セックスすると強引に継承される可能性が高い、ってことかね」
ようは。次世代魔王になりたいがために、強引にミノルと関係を結ぼうとする輩も現れるだろう、ということである。場合によってはレイプされることも考えられる、ということだ。
男に無理やり操を奪われるなんて、想像するだけでもぞっとするようなことではないか。
「勿論、僕も可能な限りお傍につきますし……先生たちも、強引な継承が行われないように目を光らせています。が、問題もありまして」
ちらり、と静は階下を見る。
「この学園にいるのはみんな魔族であり、魔王候補。誰も彼も多かれ少なかれ魔法が使える。中には、条件を満たせば相手に何でも言うことを聞かせられる魔法、というのもあるのです。魔女の
「防ぐ方法は、ねえの?条件を満たせばつったよな?」
「ありますよ。魔女の
なんだろう、そういう恐ろしいゲームっぽい漫画、過去に読んだことがあるなあ――と。ミノルはくらくらする頭で思った。
まさに、前途多難。あまり頭の良さに自信はないのだが、大丈夫だだろうか。
「大丈夫です」
そして静は、小さく笑みを浮かべて言うのだ。眼鏡の奥、サファイアの瞳が細められる。
「私は、陛下を守る役目を校長から承っておりますから。貴方の意志を無視して継承など、けしてさせません。この命に代えても」
「あ、ありがとう……」
「はい。それだけは、信じて頂ければ」
信じても、いいのだろうか――この少年のことは。彼もまた、魔王の継承者候補であるはずなのだが。というか。
――陛下って呼ぶの、やめてほしいんだけどな。
自分はミノルだ。記憶もない魔王ではない、少なくともそんな意識はないというのに。
何故そんなことにモヤモヤするのか、この時の自分にはよくわかっていなかった。
***
「はい、皆さん注目してねえ。皆さんに予告していた通り、我がクラスについに……先代魔王ルカイン様がいらっしゃいました!」
そう言ってクラスのみんなにミノルを紹介したのは、
なお、すでに授業は終わってしまっていたようで、放課後のホームルームでのあいさつとなっている。
「今日からルカイン様……今は、一倉ミノルくんというらしいわ。彼が、わたし達のクラスの仲間になってくれます。授業を全て受ける義務はないので、授業でいつも一緒とは限らないんだけど……とにかくみんな、まずは一人の友達として仲良くしてあげてちょうだいね。魔王様だけど、みんなと同じ高校生の男の子でもあるんだからね!」
わかったあ?と先生が言うと、途端に教室中がざわつき始める。やはり、自分は注目の的というわけらしい。正直、こんなにみんなの注目を集める経験など、サッカー部でのミーティングくらいしかない。教室という場所も相まって、非常に緊張してしまう。
「あれが、魔王様なのか……?」
「おい誰だよ、魔王様は転生しても絶世の美少年のはずだとか言ってたのは」
「思ったより平凡っていうか、普通?イケメンじゃないとは言わないけど」
「ふうん、あれが魔王様ね。っていうことは……」
「ええ、もっとかわいいタイプが良かったのに」
「アレとヤるってのか?冗談きついぜ……」
「我慢我慢。顔がそんなに悪いわけじゃないから、タたないってほどでもないだろ」
「まあ、妥協できなくはないかねえ……」
クラスのあちこちから、勝手勝手な声が聞こえてくる。容姿に対しては「思ったより平凡」「思ったより地味」という声が多数聞こえてきてずっこけそうになった。
――ほ、ほっとけ!悪かったな、地味系で!
というか、魔王の継承方法の問題もあって、最初から「ヤる」を前提に話している者が複数いるのが生々しい。こっちはそういうことをあまり考えないようにしている――というか、考えたくない、というのが本心だというのに!
「はいはい、みんな静粛に。あんまり卑猥な方向で話進めないようにね、いくらなんでも失礼よ?」
そこはやっぱり、学園の先生。あやめは手を叩いて、しょうもないざわめきにストップをかけてくれた。
ただし。
「ちなみに、モラルってものもあるんですからね。継承してもらうことが決まったら、ちゃんとベッドがあるところで、人目を忍んでやるようにしてよね?ミノルくんだって恥ずかしいでしょうから、ね?」
――あのおおお!?
普通の先生なら絶対言わないような忠告が出て、今度こそずっこけてしまった。
あるいはこの先生、ただの天然だろうか。せめてそうであってほしい。
――マジで俺、この後どうなっちゃうんだよお……!
正直、考えるだけで恐ろしい、というのが本音である。