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<6・継承と貞操と恋愛感情と倫理観>

 さっきの魔王云々の時点で、既に意味不明だとは思っていたが。今度の衝撃はそれ以上である。


「あ、あのー……もしもし?」


 掠れた音が、ミノルの喉から漏れた。


「俺、おとこ、ナンデスケド?」

「知っていますよ?」

「そういうシュミ、ないつもり、なんですケド?」

「大丈夫です。貴方が女性役でも男性役でも問題ありませんからね、この場合」

「そういう意味じゃねえっつってんですけどおお!?」


 なんでだ静クン。このお綺麗な顔で、どうしてこんな赤裸々にものを語れるのか。ミノルはその場で頭を抱える他ない。

 はっきり言おう。嫌悪感以前の問題なのだ。同性とそういうことをするイメージがはっきり言ってまったく湧かないのである。もっと言えば。


「ああ、すまんすまん」


 京堂まで、しれっと爆弾を落としてくる。


「そういえば、ミノルくんは童貞だったか。女性ともそういう経験がないのだったな」

「校長先生えええ!そういう爆弾落とすのやめてもらえますううう!?」


 おかしい。

 さっきから自分、絶叫しかしていないような。


「ああ、そういえば、そういうデータもありましたねえ」


 そして、ミノルが童貞であるという情報は、しれっと静にも伝わっていたらしい。

 正直思った。今すぐ穴掘って埋まりたい。なんなら誰か東京湾に沈めてくんないかな、と。まあ、この世界に東京湾があるのかどうか知らないけれど。


「問題ありませんよ、陛下。十八歳で童貞なんて普通のことです。むしろ、あまりにも早く非童貞非処女の方が大問題だと思いますけどね。性的な乱れは心の乱れですから」

「なんだろう、言ってること正論のはずなのに心にグサグサっとくるんですけども?」

「不思議です。私、何も間違ったことは言ってないと思うんですけど……」


 静がこてん、と首を傾げる。その顔は、はっきり言ってそのへんの女子の百倍可愛いから困る。

 ゴツい男相手にその気になるとは思えないが、こういう可愛い子相手ならいいかな――なんて一瞬思ってしまって、ミノルはぶんぶんと首を横に振った。いけない、なんか、このノリに流されるのは非常にまずい気がしてならない!


「ほ、他に方法ないんすか!?」


 段々と眩暈と吐き気も収まってきた。ミノルががばっと立ち上がって、校長に訴える。


「ど、同性同士ってのも問題だけど……好きでもなんでもない相手と、そういうことするのはやっぱりまずいというかなんというか!やっぱり、そういうのって、本当に好きな相手としないとお互い傷つけるっていうか、気分も悪いことっしょ!?お、俺嫌ですからね!?絶対嫌ですからねえ!!」


 そうだ。これは、相手が女であっても大問題であるはずである。

 少なくともミノルは、中学高校とサッカー一筋で頑張ってきた生粋のサッカー馬鹿であり、ごくごく一般的な感性を持つ普通の男子高校生のつもりなのだ。

 セフレ、みたいなのはちょっとえっちな漫画でしか見たことはないし、現実にそういうものがホイホイいるとも思いたくないのが本心である。そりゃ、健全な十八歳なのでエロい本の一つや二つ隠し持ってはいるし、父が隠していたえっちビデオをこっそり見たことくらいなくはないし、色っぽい女性を見て思わずムラムラしてトイレに駆け込んだことくらいもちろんあるけども。

 そういうのは、恥ずかしいこと、として隠すから意味があると思っている。それくらいの理性や常識はあるつもりなのだ。感情を蔑ろにして性欲を抑えきれなかった者が行きつく先など、痴漢や強姦魔のような性犯罪者でしかないのだから。

 もちろん、セックスフレンド自体は犯罪ではないと知ってはいるし、世の中にはお互い合意の上で性的行為をして金銭のやり取りをしてしまうこともあるとはわかっているけれど、それはそれである。


「さすが童貞、純粋で健全で大変よろしい」

「校長、童貞というのは余計なんじゃないでしょうか。陛下をこれ以上ヘコませてしまっては可哀想ですよ」

「おっとすまない」

「……静クンや、フォローのつもりかもしれないけどあんまりフォローになってないと気づいてくれな……」


 なんだろう。さっきから、心が血の涙を流してならないのだが。おかしい、なんで突然異世界に誘拐させられてきた挙句、こんな屈辱的な言葉を浴びせられているんだろう、自分は。


「……本当に、俺なんすか?」


 唸るような声で尋ねるミノル。


「本当の本当の本当に、マジで、それはもう確実に、間違いなく……俺なんすか?魔王」

「間違いないです。綿密に確認しましたから」


 静は、そんなミノルの希望をあっさり打ち砕く。


「貴方も、予兆を感じ取っていたのではないですか?例えば……前世の夢を見る、とか」

「……っ」


 それを言われると、もう反論のしようがない。魔王と参謀の相談、キス、そして戦場での物語。あれらが全て、前世の記憶に基づくものだったというのか。

 ならばやっぱり、自分は本当に魔王であると?


「……信じらんね」


 他に、言いようがない。

 何度言われたところで、実感なんて湧かないのだから。


「前世の魔王陛下は、バイセクシャルな方でした。その上で、参謀である男性を恋人にしていました。」


 静はあっけらかんと言う。そういえば、薄暗くて顔がよく見えなかったが、参謀の男と静の顔はどこか似ているような気がしないでもない。あちらの方が年齢も上だし、もう少ししっかりした体格だった気がするが。


「ゆえに、現世の貴方様も本質的にはバイセクシャルなはずなんです。というか……歴代魔王様ってみんな、ゲイかバイのどっちかなんですよね。だから、男性と性的交渉をすること自体は不可能ではないはずなんです」

「……マジかよ」

「今日まで記憶を封印されていた貴方に、その実感がないのも無理はありません。そして……仰る通り、突然継承者を選べとか、その相手とセックスをしろとか言われても戸惑うのも当然のことです」


 ただし、と彼は一歩前に進み出てくる。


「残念ながら、貴方が魔王である事実は揺らがないし……その力を継承しない限り、元の世界に帰ることもできない。それは覚えておいてください。こちらの身勝手な都合で、大変申し訳ないのですけれど」

「……ほんとにな」


 迷惑がすぎるし、滅茶苦茶すぎる。今のミノルの生活や感情を何も配慮していないではないかと言いたい。まあ、元の世界に戻る時に時間や場所も戻るらしいから、あの世界に皆に心配や迷惑をかけなくて済むというのはありがたいことだけれど。

 多分、この世界の住人にもそれなりの事情はある、のだろう。




『そして魔族と人間の対立が大きくなり、世が乱れると……そのたびに魔族の中からひときわ強い力を持つ魔王が現れ、人類に力を示すことで争いを収めてきたという経緯があります』




 静は、確かにそう言った。

 自分がこうして力の継承を求められているのは、次の魔王がこの世界に必要だからということに他ならない。つまり、魔族と人間の対立が大きくなっている、ということなのだろう。


「この世界って今、そんなにピンチなのか?魔王が必要なくらいに?」


 ミノルの言葉に、はい、と少年は頷いた。


「魔族は排斥するべき、という動きが高まっています。この国……ジオンド合衆国は貴方のいた日本と同じように民主主義国家ではあるのですが……現在は、主に二つの政党が交代で政権を取っているような状態なんです」

「それはなかなか荒れそう……。つか、アメリカっぽいな……」

「ですね。与党と野党第一党が数年ごとに交互に入れ替わっているわけです。一つは保守推進党。現在の与党であり、今年政権を取ったばあかりの政党で、魔族に対してかなり排他的な思想を持っています。もう一つは共生国民党。こちらが前回の与党であり、比較的穏健派だと言われています。魔族と共存共栄をを目指す、というのがポリシーとなっていますね」

「……察した。その保守推進等が政権を取ったせいで、魔族を追い出せーみたいな空気になってるって?」

「その通り。魔族の行動や思想に制限を設けて、ガチガチに監視しようという法律が議会で通りそうになっています。同時に、この魔王学園に対しても圧力がかかっているとか。……そして過去何千年にもわたってそうなのですけど、魔族に排他的な政党が政権取ったりすると……まあ大荒れになるのですよね。大荒れ具合はその時々によりますが、今回は特にひどいのです」


 なんなら、と静は暗い顔で言う。


「魔族に対する理不尽な差別の数々。お店を出禁になったり、交通機関で拒否されたり……。その程度ならまだよくて、闇討ちされて死傷者も出ている始末で。魔族を排斥しろ、国から追い出せなんてデモ活動が行われることもありまして。過去の歴史では、それで内乱状態になったこともあり、魔王が降臨するのは大体そういうタイミングなんです」

「ま、マジかよ……」


 内乱て、とミノルは血の気が引く。

 平和な現代日本に生きる人間としては、正直想像もつかない話だ。自分達の国だって数十年前には学生運動だのやばいテロだのが起きたことがあるのも知っているが、それはあくまで過去の話だとしか思っていなかったのである。

 無論、自分はあくまで先代魔王として呼ばれている。それを収める重責を担うのは、あくまで次の魔王なので自分ではないのだけれど。


「ご理解頂けたかな?魔王という役目、その必要性を」


 京堂がため息交じりに告げた。


「君の悩みも、戸惑いもわかる。それでも、やってもらわねばならんのだ。魔王がいなければ最悪、我々魔族は皆殺しの憂き目に遭う。過去、そういった虐殺も起きている。これは事実なのだ」

「そ、そんな……」

「ゆえに、君には慎重に、次期魔王となるべき者を選んでほしいのだ。もし、セックスをする相手は好きな相手でなければいけないというのなら……こういうのはどうかね?」


 まっすぐに見つめてくる、校長の目。


「君が、心から好きになった人、認めた人を選ぶのだよ。……この学園にいる生徒たちを、充分に吟味してくれたまえ。そこにいる、千堂静くんも含めてな。そして、その人物と相思相愛になればいい。どうだ?」


 確かに、その人物を本気で好きになるのなら、セックスだって抵抗なくできるのかもしれない。理屈はわかる。わかるのだけれど。


――どうだ、と言われましても……!


 一体候補者は何人いるのだろう。いずれにせよ全員男なのだろうし、自分はまだ静以外にどんな生徒がいるのかさえ知らないのだ。

 あまりにも前途多難である。


「大丈夫です、陛下。時間はたっぷりありますから」

「……ソウデスカ」


 とりあえず、一つだけ思ったのだった。

 静の言う「大丈夫です」は、まったくアテにはならないんだな、と。


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