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<5・前世とか現世とか世界とか>

 魔王陛下。

 彼らは確かに、自分をそう呼んだ。


「ま、待って?ねえ、待ってくれよ、ねえ?」


 が、そんなこと言われてもこっちはなんのこっちゃ、なのである。だって自分は、ただの令和日本を生きる男子高校生でしかないのだ。いつも通りに高校に行って、トイレでちょっと黄昏ていたというだけである。それが何故、いきなり魔王だの、魔王学園だの、そんな訳のわからない話になるのか。

 そもそも、あの魔法みたいなのは一体何なのだろう。転移だか転送だか知らないが、これではまるで――ラノベで人気の、異世界転移みたいなものではないか。


「俺、ただの男子高校生だよ?なんか特別な能力があるとかチートスキル持ってるとかじゃねえよ?なんで突然魔王なんてことになるの?魔王っていうのはもっとほら、強そうなもんじゃね?俺ひよっこだよ?喧嘩だってからっきしだよー?……あははははははこれ夢かな、うん……」

「まあ、混乱するのも無理はありません」


 静がそっと目の前にしゃがみこんでくる。眼鏡のレンズの奥、涼やかな瞳が真っすぐこちらを見つめてきて――思わずどきりとしてしまった。そのハイレベルすぎる顔面が、ドアップで映るのは心臓に悪い。


――ま、睫毛なっが……肌しっろ。え、男子、だよな?まるでお人形みたいな顔してね……え?


 自分にそういう趣味はない。趣味はないはずなのだが、なんだか妙にドキドキしてしまっていけない。

 そしてそんな自分をよそに、静はさくさく話を進めてしまう。


「信じられないかもしれませんが、受け入れて頂く他ないのです。一つずつ、貴方の疑問にお答えしますから」

「は、はあ……」

「まず、ここは貴方がいた令和時代の日本……という国ではありません。フェイタルワールドという、貴方がいた地球のパラレルワールドのような世界なのです。実質、異世界のようなものだと解釈して頂いて結構です」

「そ、そうなんだ……?」


 よくわからないが、ひとまず納得したことにする。謎の魔法みたいな力も目にしてしまったし、現実とは思えない現象が起きているのも確か。ここを否定してしまうと、話が一切先に進まなくなるような気がしたからだ。

 一つだけ理解したのは、彼らがミノルがどんな世界にいたのかを理解した上で連れてきたらしい、ということである。はっきり令和時代の日本、と言ったということはそういうことだろう。

 そもそも自分は一倉ミノルと名乗っていないのに、京堂ははっきりそう呼んできたような。つまり、人違いではない、ということだ。


「貴方たちの地球から、ある時を境に分岐した世界……とでも言えばいいでしょうか。私が調べたところ、分岐点は第二次世界大戦にあるようですね。あの戦争を、我ら魔族を率いる初代魔王が強引に収束したことで分岐した……と、そう思っていただければ結構です」


 なんだかすごい話になっている。

 ちょっとだけ面白そう、なんて思ってしまったのはここだけの話だ。


「現在、西暦2450年。この世界では科学と、魔族たちが操る魔法文明の二つが発展しています。魔法を使えるのは、基本的に少しでも魔族の血を引く者のみ。それゆえ、魔族たちは人間達から恐れられ、数が少ないこともあってたびたび迫害を受けてきました」

「えっと……人間ぽい見た目と名前だけど、あんたらは魔族ってことで、おけ?」

「はい、正しいです。……そして魔族と人間の対立が大きくなり、世が乱れると……そのたびに魔族の中からひときわ強い力を持つ魔王が現れ、人類に力を示すことで争いを収めてきたという経緯があります。その先代の魔王であるのが、貴方……一倉ミノルなのです」

「ま、待って、ちょっとストップ」


 この世界の設定はおおよそ理解した、ような気がする。そういうことにしよう。

 問題は、なんでその魔王が自分になるのか、ということだ。


「さっきも言ったけど、俺魔法なんか使えないし、魔王だった記憶なんかないぜ?」


 なんか最近ヘンテコな夢を見るようにはなっていたが、あれはあくまで夢という認識である。自分が魔王だった、なんて思って見てはない。まるでゲームのキャラを自分が演じていたような感覚でしかないのだ。

 まさかあれが、魔王だった証拠だなんて言い出すつもりなのだろうか。


「記憶がないのは当然です。だって、魔王様は死ぬと、異世界に転生してしまうんですからね」


 はあ、と静はため息をついた。


「私の世界でも……確か貴方の世界でも流行してるんじゃありません?異世界に転生する系の物語って」

「あー、まあ。異世界ファンタジーの王道だけども」

「あれ、娯楽として楽しむにはいいんですけどね。実際はほぼ不可能なんですよ、記憶を持ったまま転生するなんて。だって、別の世界の記憶やら力を持ったまま転生したら、その世界の不文律をぶっ壊してしまうことになりますから。魔法の力を持った魔王様が、魔法のない世界に転生して魔法使ってチート無双したら世界がめっちゃくちゃになってしまうでしょう?そんなもの、世界の意志が許すはずないんです、わかります?」

「あー……理解」


 確かに、魔法少女が桃太郎の世界に転生して、桃太郎が鬼を倒す前に魔法でぶちのめしちゃったら――物語が完全に破綻してしまうことになるだろう。

 なるほど、前の世界の力や知識を使ってチート無双というのは、架空の世界の話だからこそ成り立つというわけらしい。なんだか妙に説得力がある。


「人は、死んだら別の世界に転生します。これは魔王に限った話でもありません」


 くるくると人差し指を回して言う静。


「そして、転生したら前世の記憶も力も綺麗にリセットされます。魂にその蓄積はありますが、肉体に記憶がないので思い出すことなんてないんです。……基本的には」

「つまり、俺が……そうだってことか?記憶も何もかも忘れてるけど、かつてこの世界で魔族のために戦った魔王だって?」

「その通り。そして、我々は異世界の転生した魔王である貴方を……転移魔法によってこの世界に呼び戻した、というわけです」

「お、おう……」


 わかるけれど――わかるけれども、とりあえず一言言わせてもらおう。


「……迷惑なんですけど?」


 これに尽きる。

 いや、だって自分に魔王の自覚はないのだ。いくら前世で魔王でしたとか言われても、今の自分はただの男子高校生に過ぎない。そして何の力もない。

 元魔王だからって、無理矢理この世界に転移させられたっていい迷惑でしかない。一体自分何ができるというのか。というか、自分が突然トイレから消えたので、あちらの世界では大騒ぎになっている気しかしないのだが。


――とりあえずぜってー父さんと母さんはパニクってるし、カオルは本当に魔王だったのかもとかよくわからないこと言って混乱をさらに増幅させそうだし、俺のこと心配していた謙介とかどうなるんだよ俺が悩んでいたせいで自殺したんじゃないかとかそうでなくても変なところに家出したんじゃないかとか疑われたらもう悲しすぎるというかごめんなさいというか頼むからそういう人に迷惑をかけたくないというか、よく考えてみたら異世界転移系ラノベっていっぱいあるけど帰るまで元の世界の人達がどうしてるとかどう心配してるとか描かれるものって意外と少ないような待っている人の気持ちを考えるとあああああああああああああああもうほんとマジこれどうすればいいのねえええええ!?


 大混乱。

 しかし、それをどう口にすればいいのかがわからない。


「……心配せんでもいい」


 すると、パニックになっているミノルの心を察したのか、京堂が苦笑いをしながらこう言ったのだ。


「儂らは、君の世界の時間とこちらの時間の世界、軸のズレや座標もろもろ全てを把握しておる」

「えっと、つまり?」

「用事が終わったならば、君を元来た場所の、元いた時間に帰すことができるということだ。だから、君は失踪したことにもならない。多少ズレが起きても、精々数分程度……まあ、次の授業に遅刻するかも?くらいだと思って貰ってかまわない」

「あ……そ、そうなんだ」


 良かったあ、と肩をなでおろすミノル。どうやら、家族や友達に心配かけるかもしれないというのは気にしなくてもいいらしい。最近の転移魔法はハイテクなようだ。


「よくわからないけど、俺になんか用事があるってことなんすね?」


 少しだけ落ち着いてきた。いつまで拘束されるのかはわからないが、元の世界に戻す気もあれば、元の世界に迷惑をかけずに戻れる算段もあるらしい。そうわかっていれば、そこまで焦る必要もないはずだ。


「何度も言うけど、元魔王と言われても俺、何の記憶もないし魔法も使えないのに。何ができるって言うんすか」

「魔法が使えないのは、君の記憶が封印されているからだ。この学園で過ごし、魔法に触れていけば少しずつ記憶と力を取り戻すことができよう。君には、〝使命〟が果たされるまでこの学園で過ごしてほしい」

「はあ。で、使命って?」

「次の魔王の継承者を決めることです」


 言葉を引き継ぐように静が告げた。


「この世界の魔王とは、継承されていくものなんです。一人目の魔王がこの世界で死んで異世界に転生する。そして、また世や乱れた時にその転生した魔王をこの世界に呼び戻し、二人目の魔王に力を継承してもらって元の世界に帰ってもらう。そして二人目の魔王が死んだらまた異世界転生して、呼び戻して……そういうことが繰り返されてきたのです」

「ほー……そういうシステムか」


 ということは、そこまでやることは難しくなさそうである。ミノルがこの学園にいる魔王の継承者候補――とやらの誰かを、次世代魔王に指名して力を継承すれば、用件はそれで終わりということなのだから。

 気になるのは、どうやって継承するか、ということだが。


「継承するためには、貴方が魔王だった頃の記憶を取り戻さなければいけません。時間の経過と、魔法やそれに関する知識に触れ続けることで、次第に記憶が戻ってくるそうですから」


 その上で、と静はとんでもないことを言ったのだった。


「肉体の交わりを行って、その力を別の者に継承するのです」

「にくたいの、まじわり?ワッツ?」

「ストレートに申し上げるならば、セックスですね」


 ちなみに、と彼はあっさりと続けた。


「歴代魔王は全て男性。この魔王学園『アルカディア』は男子校です。貴方は魔王を継承し、元の世界に戻るために……この学校の男子生徒の誰かとセックスをしなければいけない、ということになります」

「は、はあああああ!?」


 いくらなんでも、それは斜め上がすぎるだろう。

 ミノルの喉から、ひっくり返った悲鳴が迸ったのだった。


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