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<2・正義と悪の理論>

「え、アニキってば夢の中で魔王になるの?かっこよ!」


 朝食の時、それとなく夢について話したところ、弟のカオルは目を輝かせて言ったのだった。ちなみに我が家の構成は父の正樹まさき、母の早織さおり、ミノル、弟のカオルで四人家族だ。カオルはまだ十二歳の小学六年生。自分とは少しばかり年が離れている。


「いいなーいいなーアニキ。オレ、将来勇者か魔王になるかつったら、魔王の方がいいなーって思ってんだよね!」

「ええ、なんでだよ?悪だぞ?」


 何でそんなにテンションが上がるのかわからない。パンにマーガリンを塗りながら疑問を口にするミノル。


「魔王ってのは、最終的に勇者に倒されるって相場決まってるじゃねえか。ドラクエとか、FFとかみんなそうだろ。倒されるイコール殺されるってなわけだけど、お前それでもいいわけ?」

「良くない!そしてアニキの認識は古い!アニキだってラノベ読んでんだから知ってるだろ!?」


 びしっ!とこっちを指さしてくるミノル。


「最近のトレンドは、勇者パーティから追放された無能力者……に見せかけた最強の勇者とか、一人だけレベルアップできるやつとか、現世の力でコンビニから商品お取り寄せとか……まあとにかくそういうヤツが!魔王に転職して自分を追放したパーティにざまあするーみたいなやつなんだよー!つまり最後は魔王が勝つの!でもって世界征服によって自分の作りたい世界を作るとかちょっとかっこよくない?憧れない?」

「……お前が最近どういうジャンルにハマってるかよくわかったよ」


 まあ、確かに追放系もチート無双も、一時より少し落ち着いたとはいえまだまだ流行しているのは事実だ。そういうのを真に受けて憧れる小学生がいるのは、まあわからない話ではないが。


「俺も時々はああいうの読むけどさあ、個人的には好みに合致するようなものそんなに無いんだよなー」


 マーガリンを塗ったら次はジャムだ。ミノルはそのままいちごジャムの瓶に手を伸ばす。


「なんか、追放する勇者パーティが悪辣に描かれてるけどさ、そういう主人公って大抵性格悪いじゃん。今まで世話になったパーティへの感謝もないし、なんか自分は絶対悪くねーって思い込んでて横柄だし。そのくせ、周囲のヒロインは主人公マンセーつーか、なんかもう絶対否定しないみたいなの?」

「否定なんかしたらストレスじゃん。女の子にモテまくりってよくね?二次元の女子って、うちのクラスの女子と違ってゴリラじゃねーし!」

「そういうこと言うからお前モテないんだぞ、カオル……」


 男子小学生ってこういう奴多いよな、と我が弟ながら思う。本当は気になる女子がいたりするくせに、過剰に悪く言って機嫌を損ねて嫌われるのである。

 もう少し素直に、気遣いの一つでも向けておけばいいものを。――いやまあ、自分も言うほどできているつもりはないが。


「主人公がマジで可哀想で被害者っぽい作品もなくはないけど……っていうか俺が言いたいのはそういう話じゃなくて」


 ぱく、とトーストの耳を齧って言うミノル。


「もぐもぐ……なんていうか、な?魔王がダメとか勇者がダメとかいうより……正義と悪に別れてます、っていうのが嫌っていうか。俺はやっぱり、魔王ってのは最後に殺されるイメージの方が強いし。魔王になってざまあ!ってパターンなら今度は勇者が死ぬし。……そういう勧善懲悪みたいなの、それ自体がモヤモヤするというか」


 結論は、シンプルにこれだ。


「勇者と魔王、みたいな世界観自体がまず好きじゃない。……まあ、俺が見た夢に、勇者がいたかどうかは怪しいけどさ。魔王だけいて、相手は人類全般っぽかった気もするから」


 綺麗事を言うつもりはない。ただこれは兄として伝えておくべきことだと、なんとなくそう思ったのだ。


「この世の中に、絶対的な正義や悪なんてないんじゃないかな。戦争だってそうだろ。どっちが悪だと断言できるパターンって、片方が明確に侵略戦争始めた時くらいなものだし。宗教の考え方の違いで揉めたやつなんか、どっちも自分を正義だと思ってるじゃん。だから、正義だから勇者が勝つべきとか、性格悪い勇者をざまあできるから魔王に憧れるとか……そういうの、なんか違うって思う」

「アニキってば、相変わらず難しいこと考えてんのな……」

「こういう性分なんでスミマセンね。……なんとなく、俺はこういうことをいつも考えなきゃいけないような気がするって思ってるっていうか、まあ、それだけ」


 正義とは何か、悪とは何か。

 真剣に考えるようになったのはいつの頃だったかな、とそんなことを考える。

 あれはまだ、ミノルがカオルくらいの年の頃だっただろうか。それくらいの頃に、子供達の間で大流行していたアニメがあったのである。最強の勇者を目指す主人公と仲間たちが、英雄の塔を目指して異世界を冒険するという物語だった。

 物語の途中、主人公チームと敵対する悪の組織――と、さらに敵対する白装束の謎組織が現れたことがあったのだ。白装束組織は、悪の組織に襲われた主人公チームを助けてくれたという形だった。それだけ見れば、白装束チームは味方で、いい奴らのように見えるだろう。

 問題は、悪の組織のことを主人公チームは一生懸命説得しようとしていたということ。そして、悪の組織の幹部は、それに応じようとしていたのである。ところが、白装束集団が横やりを入れて、悪の組織の幹部をとても残酷なやり方で殺してしまったのだ。


『君達を助けたかったんだ。何故なら我々は、あの組織を滅ぼす正義の集団なのだからね!』


 白装束集団のリーダーは、笑顔でそんなことを宣った。――殺した幹部の返り血を浴びた状態で、それはそれは爽やかに。

 主人公はそれを見て激怒。そうやって人を平気で殺すなら、悪の組織と何が違うんだ、と怒鳴ったのである。その結果不興を買って、主人公チームは白装束組織とも敵対してしまうことになるわけだが。


――あれを見た時、衝撃的だったんだよな。……正義ってなんだろうって、本気で思った。白装束の奴らは正義を名乗ってるのに、全然正義の味方に見えなかったから。


 悪の組織の幹部は、本当に殺されなければいけないほどの悪だったのか。

 悪の組織の人間ならば、殺しても本当に罪にはならないのだろうか。それを正義と呼んでしまっていいものなのか。

 そもそも本当にこの世に正義と悪なんてものは存在するのかどうか。

 多分あの頃からなのだろう。この世に絶対的に正しいことなんてあるのかと、大真面目に考えるようになったのは。


「誰かが言ってたんだ。正義の反対もまた正義なんだって。もしくは……この世に正義なんてものはないんだって」


 紅茶を飲みつつ、思わずしんみりと語ってしまうミノル。


「俺がなっていた魔王様?もそんなかんじだったよ。本当に戦争なんてやって、仲間犠牲にして、敵を殺しまくって本当にいいのかって。そうやって悩んでるっぽい感じだった。だから……カオルにもあんま、安易に勇者だの魔王だのに憧れて欲しくない、っていうか。自分はいつだって絶対的に正しいと思い込んで、相手への思いやりを忘れてほしくないというか……」

「ほへえ」


 少々説教臭くなってしまったことは自覚している。カオルもうんざりしているかと思いきや、彼は納得したかのように頷いていた。


「なるほど、なるほど。そういう重たいことばーっかり考えてるから、自分が魔王になる夢なんて見ちゃうんだな、アニキは!」

「あのなあ」

「まあ、そういうのは案外間違ってないかもだぞ」


 一足先にお皿の片付けを始めた父が口を挟んだ。ちなみに、父・正樹はとある広告代理店で働いているサラリーマンである。自分達兄弟より、少し早めに家を出る必要があるのだ。

 ちょっと大きな案件を抱えているようで、最近は帰りが遅い。晩御飯を一緒に食べられないことも少なくはなかった。


「夢ってのは、深層意識から生みだされるものだっていうからな。本当の正義とはなんぞや?悪とはなんぞや?勇者と魔王なんて簡単にわかれる世界であっていいものか?……とかなんとか、ぐちゃぐちゃ考えてたのが夢に現れたんだろ、きっと」

「ええ、でも父さん……ここんとこ、連日で同じ夢見るんだぜ?普通夢って、毎日続くものじゃなくね?」


 あれは、本当に自分の深層意識でしかないだろうか。他に考えられないと言われればそうなのだが、いまいち納得しきれないのも事実なのである。

 だって、毎回設定が同じなのだ。まるで、アニメやマンガの二次創作でも読んでいるかのような既視感。

 それこそ、登場したのが既知のアニメのキャラクターだったら、自分の妄想だと簡単に割り切ることもできたのだけれど。


「そういうことも無いわけじゃないさ。それに、嫌だ、と意識してることはやたらと夢に見るものだし」


 ははははは、と父は苦笑いして言う。


「父さんは未だに、大学の合格発表で自分の番号がない夢見るぞ。もう卒業して何年も過ぎるのにな。学校に遅刻する夢を見ることだってある」

「ああ、まあ、それはわかる」

「火事の夢を見る人も多いだろ?それは火事になって欲しいからじゃなくて、なってほしくないから見るんだと思うな。……何にせよ、あんま深く考える必要はないんじゃないか?ストレスを感じるほど酷い夢や怖い夢が続いているわけじゃないなら」

「そういうもんかなあ」

「そうよ、あんま気にしすぎるもんじゃないわ」


 正樹が台所に皿を運んだところで、母・早織が口を挟んできた。


「それよりも、あんた受験生なんだから真剣に勉強しなさいよね、ミノル。サッカー部引退して、気が抜けてるのはわかるけど」

「う……」


 やっぱり、そういうことは家族には誤魔化しきれないらしい。そもそも、三年の夏までがっつり部活をしていた自分は、他のクラスメート達と比べると受験勉強が進んでいないのは事実だ。本腰入れて取り掛からないと志望校はおろか、滑り止めだって怪しい。それなりにレベルの高い大学を目指しているから尚更に。

 そう、そういうのは一応、理解してはいるのだけれど。


「……わかってるよ」


 切り替えるというのは、簡単なことではないのだ。

 いや、もしもサッカー部で、未練がまったくないほど成果を出せていたのなら――ここまでうじうじと悩む必要もなかったのかもしれないが。


『とにかく、あの11番はぜってー止めろ!マーク集中させるんだ!!』


 思い出してしまう、高校三年・最後の夏の大会。そして、最後になってしまったあの試合のことを。


『あいつさえ止めれば他はなんとかなる……!あと一点、俺たち全員で取り返すんだ。全員で攻めて、全員で守れ、いいな!』

『はい、キャプテン!』

『行くぞぉ!!』


 もし、あの時自分が頭に血を登らせていなければ。そして、もっと仲間を生かすような的確な指示ができていれば。

 自分達は県大会で敗退することもなく――もう少しは、マシな結果を残すことができていたのだろうか。


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