「これが神楽坂学院……」
感嘆の声を挙げた僕は、目の前に聳え立つ二つの校舎を見上げていた。
今朝方、咲也に起こされて学校に行く準備をした僕は、咲也と並んで神楽坂学院まで続く通学路をゆっくりと歩いていた。神楽坂駅を過ぎたあたりから、なにやら僕と咲也の後ろに大勢の学生が群れを成していることに気づいたが、そのことについて咲也に質問したところ、咲也は「キミは人気者なのさ」と答えるだけだった。傾斜のきつい坂を上り、正門の前に到着する。正門をくぐり、曲がりくねった坂道をさらに上り続け、登校することに嫌気が差してきたころになってようやく二つの校舎が姿を現した。
「これは中等部校舎で、高等部校舎はあれさ」
僕と咲也が通う高等部校舎は中等部校舎よりも奥に建てられているため、ここからさらに歩くことになる。下駄箱に着くころには、僕の周囲には物凄い人だかりができていた。靴を履き替え、咲也と並んで階段を上り、廊下を歩いていく。
「……わわっ!?」
所属する一年四組の教室のドアを開いて中を覗いてみれば、いきなり何者かに突進され、僕は床に尻餅をついてしまった。それは一瞬の出来事だったので、何が起こったのかよくわからなかった。しかし意識が元に戻ってくるのと同時に、僕の上に馬乗りになっている女の子を視界にとらえた。
「サキっ!」
この子は、誰だろう。そんな疑問が浮かんでくる。記憶喪失の僕にとってその疑問は意味を成さないものだが、過去の僕は出会いがしらに突進されるような女の子と付き合いがあったのかと眉をしかめてしまう。
「う、くっ……」
彼女に馬乗りにされたまま、僕は上体を起こそうとする。その反動で僕の上に乗っていた女の子は後ろに引っくり返りそうになった。
思わず手を差し出し、彼女の手を掴む。すると彼女は、後ろに倒れることなく僕の手を力強く握り締め、勢いに任せて抱きついてきた。
「サキ、会いたかったばい!」
腕を背中に回して、僕の身体をギュッと抱きしめてくる。甘い香りが僕の脳髄を刺激する。それはとてつもなく刺激的で、公衆の面前でなければずっとこのままでいたいとさえ思ってしまうほどの感覚だった。
「うにゅー」
僕が彼女の肩を押して身体を引っぺがそうとすると、彼女はそれを拒む。背中に回す腕に力を入れ、必至にしがみついているではないか。助けを求めるべく周囲を見渡してみるが、咲也は僕と彼女の姿を見て微笑を浮かべていた。
「あ、あのさ……苦しいんだけど……」
いつまでもこの状態では恥ずかしいので、僕は声を上げる。すると僕に抱きついていた女の子は、背中に回していた腕の力を緩め、僕の顔を上目づかいに見つめてくる。首をかしげているのは何故だろうか。
「……サキ?」
彼女の瞳は、真っ直ぐだ。視線を逸らすことさえ申し訳ないと思えるほどに澄んでいるようにも見える。僕は彼女の肩を押し、距離を取る……ことはできない。彼女はまだ僕の上に乗っているので、離れることはできそうにない。
「えっと……」
再度、僕は咲也を見る。咲也は他人の振りでもしているつもりなのか、あさっての方角を見ている。大事な場面で頼りにならなければ意味がないというのに、何故無視をする。仕方なく、僕は他の人に助けを求めるべく、視線を彷徨わせてみる。しかし周囲を囲んでいた学生たちの視線に対して、異常なものを感じた。
女子学生たちは僕に抱きついている女の子に殺気をぶつけている。彼女は気にも留めていないらしいが、あまりこの状況は芳しくないようだ。
男子学生からの視線は、一言で言い表すのであれば、羨望を意味しているだろう。遠巻きから僕のことを見つめる彼らは、僕に抱きつく女の子と僕のことを交互に見やり、羨ましそうな表情を作っている。
結局、僕は周囲の助けを借りることを諦め、視線を彼女へと戻した。
「とりあえず、退けてくれると嬉しいんだけど……」
相手を傷つけないよう優しい口調で話す。すると彼女はすっくと立ち上がり、僕に手を差し出した。その手を僕が掴み、ゆっくりと立ち上がる。
「みんな、僕の話を聞いてくれるかな」
僕と彼女が向き合ったのを合図とばかりに咲也が口を開いた。周囲に集まっていた学生たちは視線を咲也に向けたが、彼女だけは僕のことを惚けた表情で見つめ続けている。なんだか恥ずかしい。
「昨日、僕が琉来の家に見舞いに行ったことは知っているよね」
「――見舞い?」
まさかそういうことになっているとは思わなかった。
咲也は僕のクラスメイトで、一週間以上学校を休んでいた僕の様子を見るため、屋敷までやってきたのだと告げた。
咲也は話を続ける。僕が記憶喪失になってしまったこと、そのせいでクラスメイトの顔や名前、その他諸々全てを忘却してしまったことなど、咲也は一つも隠すことなく話した。僕と彼女と咲也を囲む学生たちの感想は、驚愕の表情を見れば容易に察することができる。そしてそれは僕の目の前に佇む彼女も同様らしい。
目じりに涙を溜め、ひっくひっくと喉をしゃくりあげる声が聞こえてくるではないか。まさか泣かれるとは思わなかった。僕の置かれた境遇とやらは、これほどまでに影響力があるというのか。
「サキがそげんことになっとったなんて知らんかった……」
クラスメイトの前ということを気にもせず彼女は近づくと、僕の胸に顔を埋める。
「え、あ……」
喉を鳴らす彼女の微かな振動が伝わってくる。それだけのことで、僕は胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
「琉来、ちょっといいかな?」
咲也が手招きしているのを見て、僕は彼女の肩を躊躇いがちに押した。
彼女は涙目で僕を見上げている。
ごめん、と一言告げて、僕は咲也の後についていった。
咲也に連れてこられたのは高等部の校舎裏だった。木々がこれでもかというくらい生い茂っているため、日光が射し込むことはない。湿った空気が辺りを包んでいるのがよくわかる。あの場所から咲也が僕を呼び出したのには理由があるはずだ。彼女が付録としてついてきたのは予想外だったけど、僕が彼女の方を思案顔で見つめると、咲也がシニカルな笑みを浮かべる。
「いや、むしろ好都合さ。彼女のことについて教えようと思っていたからね。本人がいるのなら、直接話を聞いた方がいいだろう」
彼女の耳に咲也の声が届いているのか否か、僕にはわからない。彼女は僕の腕にしがみつき、幸せそうな表情を作っている。多分、聞いていないんだろうな。背中に回した指の先をわっしわっしと動かしているが、僕を捕まえようとでもしているのだろうか。
「さあ、記憶喪失の琉来のために、自己紹介をしてあげてくれ」
「うっさかと! 言われんでもわかっとる」
べー、と舌を出して反抗する。どうやら僕の腕にしがみついている女の子は、咲也のことがお気に召さないらしい。それならば何故、僕は気に入られているのだろうか。しかしそれはすぐにわかることになる。
「んっと……うちの名前は、由良理。幼なじみで、サキのことが大好きばい」
舌足らずな喋り方で自己紹介を始める彼女は、この空間に存在するのが僕と彼女だけだといわんばかりの態度だ。やはり咲也には冷たい。
「サキに開花してもらったとよ、うちの才能ば! ……あっ、苗字は御剣っていうけん、しっかり憶えとってね。それと、好きばい」
何度も言ってくれるのは嬉しいが、その台詞はすでに聞いている。お世辞にも要点がわかりやすい自己紹介とは言いがたかったけど、必要なことは知ることができただろう。彼女の名前は御剣由良理で、僕が才能を開花させた五人の女の子の中の一人だ。昨日、咲也が教えてくれた才能者の名前の中に、由良理の名前も入っていた。
「サキ、なんか思い出した?」
由良理は、青みがかった短い髪をしている。鼻先に掛かるのではないかと思えるほどに伸ばされた前髪の左半分を白色のゴムで結い、右半分はヘアピンでしっかりと固定し、目に掛からないよう工夫を加えている。由良理が動くたびに白色のゴムで結った部分がぴょこんと揺れ動くので、なかなか面白い。ついつい掴みたくなる衝動に駆られてしまう。猫じゃらしに飛びつく猫と同じ心理か。
「いや、ごめん……」
自己紹介されておいて申し訳ないのだが、僕には由良理のことを思い出すことができない。それはつまり、幼なじみの由良理と僕が過ごしてきた過去の全てが消えてしまったようなものだ。由良理は頬をぷっくりと膨らませると、両手を握って拳を作ってポカポカと僕の胸を叩く。手加減してくれているのか、痛みはまったくといっていいほど感じない。由良理は下を向き、ひたすらに僕を叩き続ける。うー、とか、むー、などと唸りながら、僕の反撃を許すことなく、拳の連打が炸裂している。
「ところで、サキって呼び方の意味は?」
このままでは埒が明かないので、今度は僕から話題を振ってみることにした。由良理は僕のことをサキと呼んでいる。周りの人間は僕のことを琉来と呼んでいたが、由良理だけは違う呼び方をしていたので気になったのだ。
「サキは、咲崎のサキから取ったんよ。うちが考えた、うちだけの呼び方ばい」
僕の質問が功を奏したのか、由良理は僕の胸を叩くのをやめると、頬を緩ませて答えてくれた。笑顔が可愛いのは罪だな、と思った僕は地獄逝き決定だろうか。
せめて記憶を取り戻してから死なせてほしいものだと苦笑する。
「そっか、由良理がつけてくれたんだ……ありがとう」
「照れるばい」
由良理はもじもじと身体をくねらせて、僕に寄り添う。すぐ近くに咲也がいるけど視界には入っていないようだ。まあ、今の彼女の状態から察するに、それも有り得ないことではない。由良理は自分の世界に入り込んでいて、その付添い人が僕、そして観客が咲也といったところか。由良理が演技をしているという可能性がないとは言い切れないが、彼女の表情には一点の穢れも存在しない。この表情が演技だというのならば、僕は喜んで騙されようじゃないか。
「それで、これからどうするんだ? 咲也」
僕は後ろを振り向き、咲也の姿を確認する。咲也は薄い笑みを浮かべ、口を開いた。
「彼女の才能を見せてもらったらどうかな? もしかすれば、彼女の才能の力によって琉来の記憶を取り戻すことができるかもしれない。……そうでなくとも、彼女の才能ならば、少なくとも君の過去を知ることができるはずだからねえ」
僕の過去を知ることのできる才能。それが由良理の持つ力なのか。
いや、そもそも由良理たちが開花させた才能とは、いったい何を指しているのか。僕はまったく理解していない。由良理は抱きついたまま動こうとしないし、離れようとしても首を振って嫌々をする。そんなことをされたら、何もできなくなってしまうじゃないか。
「なあ、由良理」
「なん?」
由良理は顔を上げて僕の表情を覗き込む。眠たいのか、それとも安心しているのだろうか。僕を見つめる彼女の瞳は、目蓋が閉じかけている。教室で出逢ったときから快活な印象が由良理にはあったけど、この姿はそれとは異なる印象を与えてくれる。
「由良理はどんな才能を持っているんだ?」
「接触反応ばい」
「接触反応?」
彼女の言葉に反問する。すると由良理は小さく頷き、僕に囁きかけるような声の大きさで口を動かし始める。由良理の吐息が首筋にかかり、少しくすぐったい。
「うちの触れた相手が過去に視た記憶の断片ば、好きなだけ読むことができると。本人が忘れとる記憶の引き出しも、うちの才能ば使えば丸裸やけん、隠し事はなんもできんとさね。でも、うちはサキば好いとる。だから視んけん安心してよかよ」
由良理は自らの持つ才能について、たどたどしい口調で説明する。
彼女は触れた人間の記憶を過去から現在に至るまで、好きなだけ読み取ることができる才能を持っているらしい。彼女の前に隠し事は不可能だというのは、この才能ゆえの自信なのだろう。さらに詳しく話を聞いてみると、由良理が開花させた才能はサイコメトリーとは異なり、生命を持たない物体に触れても記憶を読み取ることはできず、対象が生命体だとしてもそれが人間でない限り、才能を行使することはできないようだ。人の記憶を映像として視ることのできる才能を持つ由良理は、その才能についてどのように感じているのだろうか。それは人の心を読むよりも、或いは性質が悪いかもしれない。自らの持つ才能に惑わされたりすることはないのか。人間とは嘘をつく動物だ。嘘をついた記憶は映像として少しずつ蓄積されていく。本人が覚えていない嘘の記憶でさえも、由良理は視ることが可能であると断言している。ということはつまり、由良理にとってこの世界の人間は、全てが上辺だけの存在として見てしまうというわけだ。由良理が信用することのできる人間がいなくなる未来もそう遠くないのだろうか。
「でも、僕の過去の記憶を読んでくれないと手がかりが掴めないんだ……」
「好いとる人の記憶は読めんばい」
由良理は断固として拒否の姿勢を取っている。それでもまだ僕に抱きついたままなのでさまになっていないのだけど。僕のことを好きと言ってくれるのは嬉しいのだが、それを理由に才能を行使することを拒否されたのでは意味がない。後ろで咲也の苦笑する声が聞こえてくるけど、あえて無視することにしよう。とはいえ、これは困ったことになった。由良理の才能があれば、僕が過去にどのような体験をしてきたのか読み取ることができるというのに……いや待て、記憶を読み取ることができるのであれば、僕が過去の記憶を欠落する原因となった場面すらも読み取ることが可能だということだ。
「……由良理、頼む」
記憶喪失になった原因を掴むことができれば、何らかの進展があるかもしれない。それが過去の記憶を取り戻す切っ掛けにもなる。だとすればここで引くわけにはいかない。
「由良理に僕の記憶を読んで欲しいんだ」
「ぎゅうぅぅぅ」
聞き取りづらい語感を吐き出し、由良理は僕を抱きしめる両手に力を込める。由良理の腕は華奢なので、それほど力は強くないみたいだ。
「み、視てもよかけど、ひとつ条件があるばい。うちのお願い、聞いてくれん?」
そう言うと、由良理は目蓋を閉じて顎を上げ、僕に身体を預けてくる。記憶を読んでくれるのならば、もちろん聞きましょう。……と言いたいところだが、どことなく嬉しそうに表情を緩める由良理は、何やらよからぬことを考えているような気がする。
「キスばして、サキ」
「……へ?」
三度目となるが、後ろを振り向いた。目が合うと咲也は肩をすくめてみせる。
「僕はお邪魔のようだねえ。それじゃあまた後で」
咲也はこの場から去っていく。残されたのは、僕と由良理の二人だけ。正面を向きなおすと、由良理は先ほどと同じ体勢のまま目を瞑っていた。……準備万端らしい。
「……」
改めて、由良理のことを観察してみる。
彼女の顔は僕の胸の位置にある。小柄な体躯に反発するようにぴょこりと跳ね続けるのは白いゴムで結った前髪。青で統一された澄んだ髪色。その青い髪とは対照的に、白すぎる肌がほんのりと赤く染まりゆく姿は、見るもの全てを魅了する。
そしてその透き通るような瞳は、残念ながら目蓋の妨害によって閉じられている。
「……っ」
意を決する必要がある。女の子とキスをするのは初めてだ。いや、過去の僕には経験があるのかもしれないな。しかし今の僕には記憶がないからあまり関係ない。だとすればこれが初めてということになる。条件付き、というのが腑に落ちないが、由良理が僕のことを好いてくれていることは疑いようのない事実だろう。演技でキスをして欲しいなど言うわけがない。僕は由良理の背中に手を回す。ゆっくりと顔を近づけ、そして唇を重ねた。
由良理の唇は柔らかかった。弾力のある唇の感触が伝わり、胸がドキドキする。二秒くらいだろうか、僕と由良理が唇を重ねていたのは――
「むぐぅ!?」
僕が唇を離そうとすると、背中に回していた由良理の手が僕の頭を押さえつけ、口の中に舌を入れてくる。いきなりの行為に動揺し、僕は目を見開いた。決して離そうとしない彼女に対し、どのような対処を取ればいいのか思考を巡らせてみるものの、煩悩に優るわけがない。今の状況を打破するものは存在しないのだと脳が直接訴え掛けている。自らの身体も由良理のことを拒絶するようなことはなく、由良理の行為を受け入れているのだからとまるわけがない。
「んっ」
由良理の喘ぐ声が唇の震えを通して聞こえてくる。僕は戸惑いながらも、口の中で舌を絡める。もう、何も考えられなくなりそうだった。ほんの一瞬ではあったが、記憶を取り戻すことなどどうでもいいと思えてしまうほど由良理とのキスは濃厚なものだった。重なり合っていた唇を離すと、由良理は虚ろな瞳を僕に向けて満足そうに笑みを浮かべている。
頬は朱に染まっていた。きっと僕の頬も同じような色をしているに違いない。
「サキ、感想ばおしえて」
どうやら僕は由良理に心を奪われてしまったらしい。
甘ったるい声で囁く。由良理の声が耳に響くたび、背筋がゾクゾクする。
「恥ずかしかった……かな」
舌を入れられるとは思わなかった。それが僕の興奮を増進させていた。それだけじゃない。キスが終わった後も、由良理の表情を視界に映せば、目を離すことができなくなってしまう。たとえこの場に僕と由良理以外の第三者がいたとしても、僕がそのことに気づくことはないだろう。僕の瞳には由良理だけが映っている。
「今のサキは、昔のサキよりかっこよか。……うちは、今のサキのままがよかばい」
そう言って彼女は僕の身体をギュッと抱きしめる。由良理の胸はぺったんこなので弾力があるとはいえないが、それを補って余りある魅力を持ち合わせている。
「サキ、こんままでもよくない? うちは絶対に裏切らん。記憶が欠落しとっても、サキのことばずっと好いとるよ?」
由良理の言葉は僕の心に染み込んでいく。どうして彼女はこれほどまでに僕のことを好いてくれているのだろうか。昔の僕は、由良理を筆頭に学院中の学生たちを魅了する存在としての地位を確率しているらしい。今の僕にとってそれは嫉妬の対象でしかないわけだが、昔の僕は今の僕が逆立ちしたとしても決して得ることのできないものを所持していた。それは一種のカリスマだろうか。嫉妬心を増幅すればするほど、僕は昔の自分を知りたくなる。それは欲望に忠実な人間らしさを表現するには十分すぎる理由だろう。由良理の気持ちは本当に嬉しく思う。だけど由良理が本当に好きだったのは、今の僕じゃなくて記憶喪失になる前の僕だ。今の僕という存在は、昔の僕からすれば不完全な存在である。
「今の僕は、本当の僕じゃない。だから由良理、キミに僕の記憶を読んでほしい」
僕の台詞を耳にした由良理は、瞳を潤ませる。僕の胸を軽めに叩くと、そっぽを向いてしまった。怒らせてしまったか。
「……もう一回」
顔を背けているので由良理の表情を窺うことはできなかったが、口をもごもごさせていることだけはわかる。
「もう一回、キスばしてくれるとなら、よかよ……」
恐る恐る振り向く由良理は、自分の希望が通るか否か、緊張した面持ちで結果を待ち続ける女の子の表情をしていた。その台詞に僕は苦笑し、由良理の身体を抱き寄せる。そして二度目のキスをした。