デュエル学園入学の前日、俺は手荷物に着替えや周辺機器等を旅行用に普段使っているバッグに詰め込み、引っ越しの準備をしていた
「誠ー!忘れ物は本当に無いのねー?」
「大丈夫ー!」
母さんは心配性なのか何度も同じ事を確認してくるが仕方ないだろう
デュエル学園は全寮制の学校であり、入学する者たちは皆校内の敷地にある学生寮に住む決まりとなっている。
世界中から人が集まる学校なのもあってとんでもない生徒数を抱え込んでいるマンモス校でもあり、その場所は首都圏から少し離れた海に浮かぶ人工島……ギガフロートにある
なんでも噂だとそのギガフロートの敷地全てがデュエル学園の敷地だという話だが流石にそれは無いだろうと俺は思っている
というより前世ですらギガフロートと言うのは理論上だけの物だったはずなのだがこの世界ではさらっと完成している辺り技術力がかなり違うのだろうか?
「っと……それじゃ行ってきます。」
「身体に気をつけなさい?
ちゃんと寝る時に歯を磨くのよ?
お友達の皆と仲良く……」
「俺は小学生か!?
まったく……じゃ、頑張ってくるよ。」
「ええ……ちゃんと近況報告くらいはして頂戴ね?」
「わかってるよ。」
俺は母さんとの別れを済まし、最寄りの駅からギガフロート行きのフェリーが出ている港まで向かう
流石に交通費が結構かかると思っていたのだが実を言うと数日前にデュエル学園の人が来て家からギガフロートまでの交通費をわざわざ支給しに来てくれていた。
なんでも普通の家の人や遠い場所の人なんかだと交通費がかなり大きな負担になってしまう事が多いらしく、入学が決まった者全員に渡しているらしい
人によっては口座に振り込む等もあるそうだが生徒の周辺調査も兼ねている為に基本は手渡しになるそうだ
まぁ国立だからこそ身辺調査は徹底しているんだろうな……
逆に言えばこれは書類関係だけではまったく信用していないという証拠にもなる、おそらくは不正対策だろうな
しばらく電車に揺られながらデッキを調整しているとちょうどギガフロート行きのフェリーのある港の最寄り駅に到着した
電車から降りた俺は軽く伸びをして身体をほぐしながら港へと向かう
「…………フェリーとは聞いていたがどんだけ金かけてるんだか」
港に停泊していたのは確かにフェリーなのだが……ギガフロート行きのフェリーだけでも6隻はあるだろう
コレが向こうのギガフロートにも停泊していて往復しているのだから少なくとも10隻以上はフェリーがあることになる
俺は若干呆気に取られながらも乗り場へと進み事前に交通費として渡されていたチケットを見せる
「こちらのチケットは……デュエル学園にご入学される学生さんでいらっしゃいますね?」
「ええ。」
「それではこちらにどうぞ。」
そう言われて隣の窓口の方に向かうと他の人達に比べて明らかにスムーズに手続きが済み、あっさりと乗船することが出来た
どうやら学生は手続きがスムーズに進むよう事前に学校側が手配してくれていたらしい。
国立とはいえここまで至れり尽くせりとはな……
フェリーの中に入っていくと俺と同じ用に寮へと向かうのかかなり大きなバッグやキャリーケース等を持った同年代と思われる者達が何人も見かけられる
更に周囲を見てみると明らかに金持ち感がするような連中もちょくちょく混ざっており、そこだけ明らかに空気が違う
移動までの時間がそれなりに暇なのもあり、俺は船内を一端見て回ることにした
少し驚いた事にこのフェリーには入試会場にもあったDaL用のデュエルフィールドがかなりの数設置されていた事だ
あれは最近作られたばかりの代物であり、一般での販売はまだされておらずそのコストもかなりのものだと聞いていたんだがな……
とはいえ受験会場ですら凄まじい量設置されていたのを考えるとまはや今更だろう
周囲で行われているバトルを軽く覗き見した所やはりというか戦士や魔法使い等の攻撃的な職業が多く、偶に僧侶や騎士等の防御系の職業が見受けられるくらいだった。
「いけ!《レッドドラゴンナイト》!」
「あぁ!?俺の《マジックゼリー》!?」
「来い!《ウィングローパー》!」
「うわ!?なんだコイツ!?触手塗れの謎生物に翼つけんなや!?」
なんかちょくちょく見た目が愉快すぎる奴が混ざっているがこれは突っ込んだら負けなのか?
この世界のカードって種類多すぎるわ特殊能力無しの所謂バニラカードも多すぎてちょっと把握しきれないんだよなぁ……比較的採用率の高いカードくらいならともかくとして
「よし!俺のターン!《子供の天敵ベジタブルファイター》を召喚!」
子供の天敵ってなんだよ!?
よく見ると召喚されたユニットはナスの胴体にピーマンの手足、アスパラガスの槍を背中に背負い、ゴーヤのこん棒をピーマンで出来た手に持っていた
…………うん、確かに子供の天敵だわ
コイツの職業は……野菜戦士って何があればそんな職業に派生するんだ?
俺は深く考えるのをやめて広間に向かうことにした
俺は広間のある場所に誰も座ってない席を見つけたので俺はその席に座り、ギガフロートに到着するまでの間にカードシャッフルの訓練をする
俺と同じ世界の人間なら何故こんな事で訓練するのかと思われがちだろう……だが実際にゲーム前のカードシャッフルは自分で行う必要があり、俺がやっているのはただのシャッフルではない
俺はシャッフルを一定の回数一定の枚数ずつまったく同じように混ぜてから手を止め、カードの順番を確認する
…………1枚だけズレたか、もっと訓練しないとだな
俺はカードの並び順を元に戻してもう一度同じ事を行う
「おや?君……それは『フィクスシャッフル』の練習かい?」
「ん?」
突然話しかけられたので少し驚いて手を止めてしまった
声がした方向を見るとそこにはやたらと身なりの良さそうではあるが特にプライドが無駄に高くなさそうな少年とその背後に使用人と思われるスーツ姿の少年がいた
「済まないね、驚かせてしまったようだ。」
「いや、今のはそのくらいで集中力を欠いた俺の方が悪い。
このくらいで集中力を欠いてたら実戦でまともに成功しないからな」
「ストイックだね君は……その技術は結構高等技術だからプロでもなかなか使ってる人は居ないんだよ?」
先程の少年が言っていた『フィクスシャッフル』……これは簡単に言ってしまえば特定の手順と適切な混ぜ方を行うことでシャッフル後のデッキのカードの配置を自分の理想通りに配置するシャッフル方法だ
かなりの高等技術で彼が言うように実戦している人は結構少ない
だがこれを本番で繰り返せるのであれば自分の理想通りの立ち回りを常時行える為にかなりの安定性を得ることが出来る
まぁ出来ない人が多いのもあってインチキ呼ばわりされることも多いんだがな……だから入試の時にも難癖つけられても面倒くさいからやらなかったし
「それにしてもそのカード……成る程盗賊か。
確かにその職業はクセの強いカードやトリッキーなカードが多いから出来るに越したことは無いわけか……」
「珍しいな、大抵のやつは盗賊のデッキって時点で馬鹿にしてくるような奴が多いのに……そこの使用人のように哀れむ奴も偶に居るがな。」
「っと済まない、私の使用人が失礼した……謝罪しよう」
「ハルト様!?貴方様が頭を下げる必要はございません!
これは私の失態ですゆえ……申し訳ない、大変失礼なことを」
「気にするな、いつもの事だ。」
結構珍しいな……この実力至上主義の社会でここまで誠実な対応をする人は
特にセレブ連中程金に物を言わせて組んだデッキで調子に乗っている人物も多くプライドもムダに高い人物も多いんだがな……
「それにしても君……なかなか面白いデッキの組み方をしてるね。
盗賊らしいといえばらしいが……それは準備をし続けて相手を1ターンで一気に削り切るタイプのデッキ構成だね?」
「へぇ、一目見ただけでこれがOTK……ワンターンキルデッキなのが分かるのか。
もしかしなくても相当場数踏んでるな?」
「はは、現実の対戦は立場上リスクが大きくてね。
知り合い以外とはもっぱらネット対戦だからそこまで上手いわけじゃないさ……この間もボコボコにされたばかりだし」
「ん?奇遇だな、俺もリアルの方はリスクが結構あるから避けてた方だったんだが……もしかしたら何度かマッチングしてるかもしれないな」
「確かに、ネット対戦やっている人口は結構少ないしここまでデッキ構築が上手い盗賊なんてそんなに……そんなに……」
すると彼の顔色がみるみる悪くなる
…………これもしかしなくても俺が一度容赦無しに引っ掻き回してた頃の被害者か?
「ねぇ君……ネット対戦で使ってたプレイヤー名何?」
「『
すると彼は一瞬て崩れ落ちた……あぁうんやっぱり被害者か
「まさかの本人だったかぁ……」
「やっぱり俺が暴れまくってた頃の被害者?」
「うん……君のデッキ破壊にボコボコにされたよ……」
あぁ……あれは初見殺しの中でも一番殺意高いからな……
「なんか悪い」
「いや、いいよ……それにあのデッキ見たお陰で私もデッキ構築を大幅に改善するきっかけを得られたからね」
「彼があの悪名高い
「あぁ、証拠になるか分からんがアカウントなら少し見せれるぞ?」
俺はネット対戦用に使っているスマホアプリを起動して自分のアカウントの実績等が乗っているマイページを見せる
「…………本人だね」
「勝率90%オーバー……恐ろしいですねこれは」
まぁデッキの対策がある程度された辺りからコンセプトがまったく違う初見殺しで暴れ回るのを繰り返していたからな……いい加減暴れすぎてどのデッキ使ってもある程度対処されるようになったが……ゲーム人口めちゃくちゃ少ないのもあって同じ人とのマッチングなんて別に珍しくもないからな
そんな事を考えていると窓から港が見えてくる
「そろそろか」
俺はカードを片付け、何時でも降りられるように準備する
「時間を取らせて済まないね」
「いや、いい暇つぶしになった」
「そう言って貰えると助かるよ。
その大きなバッグを見る限り時期的に考えてもデュエル学園の新入生なのだろう?
ならこの島でまた会うこともあるだろう。
その時にリベンジでもさせてくれ」
「ならその時までにまた何か初見殺しのデッキでも新しく組んでおくよ」
ハルトという人物はそれを聞いて顔を引き攣らせ『うげっ』と呟いてから俺に別れを告げて去っていく
ギガフロート……ここが俺がこれから3年間過ごす場所か