「あああっ!」
実の叫び声が聞こえ、外に待機していた水谷達は急いで中へと入る。
「どうしたんですか?何があったんですか?」
そう聞こうとしてやめた。
そんな状況ではなかったからだ。
例えもし聞いていたとしても誰も答えられなかった。
実がベットの上で大暴れしていた。
協会の二人が、そんな実を取り押さえていた。
何を言ったらこんな風になるんだ?
さっきまでの実とあまりの変わりように驚く。
'このままではまずい!'
水谷は実の様子から、落ち着かせるのは無理だと判断し鎮静剤を打つ。
十秒もたたずに実は大人しくなりそのまま眠る。
「一体何をしたんですか?」
水谷がキッと若桜達を睨む。
このあと実に呪いに打ち勝った方法を尋ねたかったのに若桜達のせいで話を聞けなくなった。
「倉増さんの死を教えたんです……」
本当にそれだけだった。
それを教えて少ししたら実が叫びだし暴れた。
いくら助けられなかったといってもこんなに暴れるのかと若桜達でさえ信じられず驚いた。
「本当にそれだけですか?」
何か他のことを言ったからではないのかと疑いの目を向ける。
「はい」
疑われるのは仕方ないことだと思いながら頷く。
逆の立場だったら自分も疑っていたし。
「はぁ、そうですか。わかりました。ですが、今日のところはお引き取りください。患者の安静が第一なので」
水谷は冷たい声で突き放すように言う。
「わかりました。後日改めてお伺いさせていただきます」
そう言うと若桜は石田を連れて部屋から出る。
「よかったんですか、帰って。ほとんど話を聞けてませんよ」
呪いのこと、ダンジョン内でのこと、何故彼女だけを助けたのか、何故怪我をしていなかったのか、を聞くつもりで病院まできた。
起きるまで待っていた方がいいのではと石田は思った。
「構わん。それにしばらくは話しを聞けんだろ。彼が落ち着くのを待とう」
「……わかりました」
石田は渋々若桜の判断に従う。
「花王さん。ここにご飯を置いておきますので食べてくださいね」
看護師はベットの横の机にお盆を置く。
「……」
実が目を覚ましてから五日がたった。
あの日、若桜から倉増が死んだことを聞かされてから、実は何も口にしていない。
それなのに実の体は健康でどこも異常はない。
医者達に薬を投与されているからか、それともハンターとして体が丈夫だからか。
理由はわからないが五日間一滴の水も口に含んでいないのに死ぬ気配は全然ない。
このままでは駄目だと頭ではわかっているのに動く気力がない。
倉増も同じことを思ったのか五日間黙って隣にいたのに話しかけてきた。
『花王さん。もし、私のことで気に病んでいるのならその必要はありません。母の元に帰れただけで……』
実はそれ以上、倉増の言葉を聞いていたくなくて布団に潜り込む。
どうせ自分には何もできない。親父にも会うことなんてできない。
何もかも諦め自暴自棄になる。
'もう死にたい'
そう思ったそのときだった。
ダンジョンで聞こえてきた声がまた聞こえた。
『いつまでそうしているつもりだ。貴様は』
顔は見えないのに声だけで蔑んでいるのがわかる。
「……」
実は声の主の言葉に「お前のせいでこんなことになったんだ」と腹を立てるが何を言っても無駄だと思い無視をする。
『無視か。結局お前はその程度の人間なのだな。折角手に入れた力を捨てるような弱い奴だ。今のお前なら救える人間もいるのにそれすらも放棄するのだな』
声の主は実にどう言えばやる気がでるかわかっている。
実が呪いで眠っていた二週間で実の人生を覗きどんな人物なのかを知った。
「……お前に何がわかる!」
布団を投げ捨て姿も見えない存在に向かって叫ぶ。
「一緒に戦った人に馬鹿にされ裏切られる気持ちがお前にわかるか!?どれだけ頑張ってもその努力は認められず見下されるのがどれだけ辛いか考えたことはあるか!?お前にわかるはずがない!底辺の人間の気持ちが!どれだけ頑張ろうとその努力は報われない!助けたくても俺にはその資格も力もない……もうほっといてくれ」
実は死ぬ勇気もないが生きる希望もなかった。
『わからんな。わかる必要がどこにある。この世は弱肉強食。弱い者は淘汰されるか死ぬかのどちらかだ。この世は強者が正義であり、ルールだ。弱者の気持ちなど知る必要はない』
声の主の言葉に実は「そんなこと言われなくてもわかっている!」と心の中で叫ぶ。
長年ハンターとして活動してきてその世界を嫌という程身をもって体験した。
ハンターの世界こそ弱肉強食がはっきりしている。
強者の言葉は絶対だ。
弱者が正しくても強者が逆を言えばそれが正しくなる。
そんな世界だ。
『それは上が変わらない限り絶対に変わることのないルールだ。わかるだろ。お前は誰よりも身をもって経験したのだからな』
ダンジョンで裏切られたことを言う。
「……」
実は何も言い返さずただ黙って声の主の言葉を聞く。
『最後にもう一度だけ聞こう。お前はこのままでいいのか?お前は弱者でありながら人を助けた。そこにいる女だけでなく今までずっとだ。お前は間違いなく誰よりも誠実で優しい素晴らしい人間だ。そんなお前だからこそ強者になる資格が与えられた。もちろん強者になれるかはお前次第だがな』
「え……それはどういう意味だ?」
最初に話しかけられたときは自分の無力さに絶望していたので話しの内容が頭に入ってなかった。
強者になることができると言われ目に光が戻る。
'やっぱりこいつ、さっきの話し聞いてなかったな'
なんとなくそんな感じはしていたが、いまの
実の反応をみて確信する。
『言葉通りだ。お前は壁に書かれたミッションをクリアした。褒美としてお前はE級では得られない職業とスキルが与えられた。お前はもう弱者ではなく強者だ。ただし本物の強者になれるかはお前しだいだ。選べ。強者として戦うか、それとも全てを捨て弱者として惨めにここで生きていくか』
「……」
実は目を瞑りこれまでの人生を思い出す。
養父と共に過ごした時間。
昔、あるハンターに助けられこの人のようになりたいと目標に生きてきた時間。
ハンターとして何度も死にかけたが生きるため、養父の捜索料を稼ぐため死に物狂いで頑張ってきた時間。
これからどうするかなんて答えは決まっている。
「戦う。俺は戦って本物の強者になる!」
強者になれば捜索料を払わなくても自分で捜しにいける。
せっかく与えられたチャンスだ。
'利用しまくって絶対に親父に会う!'
実は覚悟を決める。