金田
お金が増えて実るという名前とは裏腹に、実際は貧乏のどん底にいる。産まれは貧乏な家庭、借金取りに追われる日々。大人になって、自分で働いたお金を好きな男にだまし取られた。金に裏切られ、人に裏切られた人生の中で、お金というものに固執するようになる。
梶
学校でイジメに合っている、高校二年生。何も悪いことはしていないはずなのに、兄弟思いの心優しい青年は不運な人生を歩む。
浅井
自分の容姿にひどいコンプレックスを抱いている二十歳の女性。名前が桃のように華やかなんて、そんな名前と自分の顔があまりに合わないと、自身の名前を恨む。彼女は整形をして、自分をバカにした人を見返したいと懇願している。
温田
中小企業の社長で五十代の温田は、会社の倒産の危機で頭を抱えている。自分自身に高額な生命保険をかけており、その保険金で会社を立て直そうと考えて、事故死する方法を模索している。お人好しで人思いな性格。
一、 あなたがいちばん欲しいものは何?
金田 増実
金田増実は呆然としていた。もぬけの殻になった自分のマンションの部屋。残されているのは、自分の服と古い家財道具のみ。何もかも持っていかれてしまった。
金田が三十を超えたころ、人生で初めての彼氏ができた。彼はフィリピン人で気さくで明るい人。よく話し、お酒を好んだ。
そんな彼にぞっこんになった金田は一緒に暮らしはじめた。彼が突然、「いい仕事があるんだけれどやってみない?」なんて話を彼女に持ちかけた。
話を聞いてみると、まさかの風俗のバイトだった。自分には無理だ。もう歳も三十を超えているし、顔も決して綺麗ではない。と断ったが、歳上好きな人向けだから、三十超えている方が喜ばれる。顔? かわいいよ、増実はとってもかわいい。という言葉を信じた。
当時、金田は事務員として地元の建設会社で働いていたが、陰湿なイジメにあっていた。他の事務員はみんな金田より歳下。綺麗な顔立ちで、明らかに自分よりブサイクでちょっと小太りな金田のことを散々バカにしていた。
彼のススメで思い切って転職した彼女を待ち受けていたのはハードプレイの日々だった。優しくなんてされない。とりあえずブスだけどいいか、くらいのため息をつかれたあと男に適当に扱われる日々。それでもお給料は前の事務職よりずば抜けてよかった。
たくさん稼いで、フィリピン人の彼に素敵なプレゼントを送ると彼がとても喜んでくれた。やめられない。彼を喜ばせたい。いつの間にか、家にある金庫の中のお金は数百万円にのぼっていた。
彼と付き合いだして半年を過ぎたころ、その日はやってきた。仕事を終えて家に帰ると、もぬけの殻。何もかも消えてしまったマンションのドアの前で金田はひざをついて泣いた。
幼いころから貧乏な家で育った金田は、友達が親に誕生日プレゼントを買ってもらうのを羨ましい目で見ていた。綺麗な服も、豪華な食事も何もない。
大人になって、やっと人並みの生活ができるようになり、羞恥にも耐えた。その結果がこれかと悔しくて、叫びたい気持ちになった。
梶 當真
何の変哲もないコンクリート造りの校舎が並ぶ、公立高校の普通科二年一組の梶當真は途方に暮れていた。
水に濡れた教科書が折り重なってお互いがへばりつき、離そうとすると破れた。ああ、またか。ただですら新しい教科書なんて買う経済的な余裕がない。
イジメに屈することない忍耐力はある。だが、家は貧乏で、幼い弟と妹がいる。高校生になってやっとバイトができるようになって、少しだけ家計の足しにすることができるようになった。
しかし、シングルマザー家庭で三人の子がいる我が家の家計は毎日火の車である。
イジメのきっかけは誤解だった。
二年生になったばかりのある日、クラスの中で恐らく一番可愛い橋本里菜の体操着がなくなった。それがなぜか當真の机の中に入っていたもんだから、当然の如く変態扱いをされる。
「最悪」「気持ち悪い」「泥棒」
クラス全員を敵にまわすことになった當真は、その日から陰湿なイジメにあっていた。
しかし、クラスでただ一人だけ彼の味方になった人物がいる。いや、正確には味方とは呼べないが、内気で冴えない、少々小太りな佐藤が、ある日、當真が一人の時に声をかけてきた。
「あの……僕、見たんだ。石神くんが君の机に、体操着を入れるところを……」
石神とは、里菜の彼氏で超イケメン、高身長なヤツだ。なぜ自分にっていう理由が、當真にはなんとなくだがわかった。
當真と里菜は家が隣同士だった。過去形なのは、昔は団地に住んでいて、隣の家に橋本さんが住んでいたからだ。幼稚園も一緒で、そのころ當真と彼女は仲がよかった。小学二年の時に當真が引っ越すことになったから今は隣同士ではないけれど、もしかしたら昔の話を彼女から聞いて逆恨みしたのかもしれない。アホらしい。ただ、幼馴染で幼稚園の頃に仲がよかったという理由だけで……。
しかし、當真は諦めるしかなかった。石神はもはや女の子たちから名前の通り、神のような扱いを受けているし、なぜか男子からも人気だ。人当たりがよく爽やかで成績もいいので、先生からも評判がいい。もし當真が、石神がやったなんて言えば火に油を注ぐ結果になる。
だからといって、このまま卒業まであと一年半の間、同級生から不審者扱いをされるのは耐えがたった。だれか一人、二人、少人数でいい。自分の潔白を信じて味方になってくれる友人がいたら……。
彼は切にそう願った。
浅井桃華
桃華なんて名前つけないでほしかった。と彼女は何度思ったことであろう。柔らかいピンク色の桃のように華やかで彩りある……。そんなイメージとは真逆なルックス。尖った顎と、低い鼻、歯並びは悪くて、目は糸目。中途半端に耳が大きくて、首が短い。
すべてがアンバランスだが、彼女が唯一自信があるのが爪だった。指先がとても綺麗で爪の形が良い。だけどみんな、顔で判断する。
二十歳になったいま、きっと容姿だけで人を判断しない男の人が現れるはず、と期待する彼女に突きつけられた現実は無様なものだった。
女友達すらうまくできない。大学のキャンパスで浮いた存在の彼女はいつしか社会全体を恨むようになっていく。
整形してやる整形してやる。
実家暮らしの彼女は両親にきつくあたった。
「どうしてこんな顔に産んだの⁉️」
「どうして桃華なんて名前つけたの⁉️」
二十歳にもなって、親に当たるなんてバカらしいとわかっているのにやめられない。
整形手術を受けるとなると、当然、高額な費用が必要になるし、覚悟も必要だ。なんせ、目だけ、鼻だけと一箇所いじるくらいではとても美人になれないからだ。
失敗して、顔が腫れるなどの被害があることも桃華は充分に理解していた。それでも、見返してやりたい。自分をバカにした人間を見返すために整形を試みることにした。
温田紀彦
最善は尽くした。しかし、もう無理だ。
小さな町工場。昔は有限会社だったが、十三年前に株式会社になり、従業員は三十六名と決して多くはないが、ボルトを作成する会社として、一躍していた。
しかし、不景気の波に呑まれ、倒産寸前に追い込まれた。
従業員、及び従業員の家族を守りたいという願いも虚しく、温田は途方に暮れて海を眺めていた。
果てしなく続く海を前に、死ぬことを覚悟する。問題は死に方だ。
自身に多額の生命保険をかけている温田は、自分が死ぬことで会社を立て直そうとしていた。そのためには自殺と判断されてはいけない。あくまで事故死と判断されるべきだ。
交通事故、不慮の転落……どのような死に方をすれば事故と判断されるのか。
赤信号でお構いなしに道を横断するのも違う。
遊覧船に乗って、海に転落してみる……いや、救助されるか。
彼の脳裏で様々な死に方が描かれては消えている。
わからない。
温田は頭を抱えて、ただ、壮大な海の前で自身の非力を嘆いていた。