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第39話

 陽が暮れ始め、薄暗くなってきて外を見るけれど、話し合いはこれくらいで問題無いと思う。

お母様が作り替えられてしまったリバスト護衛騎士隊長達を無力化して、ヘルガが彼らを倒す。

これに関しては、少しばかり心が痛むけど……、一度なってしまった以上は無差別に人を襲う前に眠らせてあげないといけない。


「……マリス、ちょっといいかな」

「シルヴァ、どうかしたの?」


 そうして話し合いを終わりにして解散する流れになり、シルヴァ王子と二人きりになった時だった。

真剣な表情を浮かべた彼が私へと近付いて来ると……


「……嫌でなければ君の事をこれからシルヴィと呼んでもいいかな」

「……え?」


 今更だけれど、マリス・シルヴィ・ピュルガトワール、これが私の名前。

だけど……この国において貴族の名前をミドルネームで呼ぶ事が出来るのは、婚約者や夫となる相手のみで、本来であればやすやすと呼ぶ事を許す事は出来ない。

でも、彼にシルヴィと呼ばれると昔の事を思い出して胸が締め付けられるように苦しくなると共に、嬉しい気持ちが込み上げて来る。


「……ミドルネームで呼ぶ事の意味をシルヴァ様は分かって言ってますか?」

「勿論分かってるさ、ただ……何て言えばいいのかな、妹のセレスティアを助けてくれて、尚且つその元凶が魔族だと分かっても勇気をもって立ち向かう姿を見たり、昔から俺の扱いを知ってるかのように接する君を見て興味が沸いたんだ」

「だからって、そんないきなり……」

「マリス、俺はね……王族という立場だから、妻に、いや、王妃になる可能性がある相手は有能で無ければならないと思っているんだ、君の事だから知ってるとは思うけどその為に王位継承権を持つ者は学園へ入る事が義務付けられている」


 勿論、その事については以前の人生でシルヴァから直接聞いた事があるから知っている。


「……けどね、学園以外で見つけても良いと思うんだ」

「あの、私は、領地を継がなければいけない立場なので……」

「勿論分かっているさ、けど……俺は少しでも君の事が欲しいと思ってしまった、だからアデレード辺境伯夫人やマリウス・ルイ・ピュルガトワール辺境伯には申し訳ないが、俺はどうしてもこの国の王になりたい、その為には有能な部下達と信頼できる友人に、背中を預けられる妻が必要なんだ」

「話しは分かったわ、けど……何度も言うけれど私は王妃になるつもりはないわ、だってピュルガトワール家には跡取りが私しかいないもの、だから……少なからず血を絶やさない為に婿養子を家に迎えなければいけないから、いくら説得されても今は考える事は出来ないの」

「……ん?今は?もしかして、その問題をなんとかする事が出来ればこの話を受けてくれるのかい?」


 そんなことを言われたら、どう言葉を返せばいいのか分からなくなる。

本当なら問題が解決しても、その申し出を受ける事は出来ないと言わなければいけない。

でも、彼の事を思うとそれを口にする事が出来なくて……


「……すまない、どうやら君を困らせてしまったみたいだね」

「……え?」

「無理強いしたいわけじゃなかったんだ、ただ……マリス、君が余りにも今まで出会って来た女性達と比べて魅力的な女性だったから……つい」

「いえ、そんなシルヴァ、あなたが謝らなくてもいいの、これは私がちゃんと返事を返そうとしなかったから……それに」

「それに?マリス、どうしたんだい?」


 これを言葉にしたら後戻りが出来なくなる。

さっき頭の中で考えていた事と、今口にしようとしている事が矛盾している事も理解している。

けど……それでも、彼を見たら、彼の優しい顔で、声で、私を見て、私だけを必要として欲しい。

それさえあれば何もいらないと思ってしまう私がいて、それが良くない事だと分かっているし、彼には私とは違う人と一緒になって、魔王になった私に殺される事無く幸せに生きて欲しいという想いもある。

でも、それでも、彼に──


「シルヴァがどうしても呼びたいのでしたら、シルヴィって呼んでいいわ」


 シルヴィって呼んで欲しいと思ってしまった。


「……マリス?」

「けど、呼ぶのは二人きりの時だけにして?、お母様が聞いたら私がピュルガトワール家を捨てて王族に入ってしまうんじゃないかと心配すると思うの……、それに私はあなたとはまだ会ったばかりだから、何度も言うけどまだ王妃とか婚約とか考えられないの」

「それでもいい、君が何を不安に思っているのかは分からないけれど、マリス、いや、シルヴィの悩みも俺が何とかするよ」


 彼にそう言われると本当に何とかしてくれそうで、考えられないと言ったのに気持ちが更にぶれそうになる。

けど、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ゆっくりと息を吐くと、真剣な表情を浮かべて私の方を見ると


「……おかげで魔族と戦う勇気が持てそうだよ」


 と言葉にして柔らかな笑みをこぼす。

そしてゆっくりとテントの外へと向かうと、途中で立ち止まり


「戦いが終わった後の楽しみを増やしておかないと、魔族との戦いで足が竦んでしまいそうで怖かったんだ」

「うん」

「だから、何とか頑張ってお互いに生き残ろう」


 こちらへと手を差し伸べる。

その姿を見て、一瞬反応に迷ったけれど……そういうギャップがかわいいと思いながら笑顔でその手を取った。

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