私達の計画を聞いたシルヴァが、自身の腕をつねる。
これは彼が深く物事を考える時にする癖のようなもので、見ていると痛そうに見えるけどそこまで痛くは無いらしい。
でも、見ている側としては結構心配で、何度かやめて貰おうと以前の人生ではあれこれと試行錯誤をしたものだけど
『俺が守れなかった人達の事を忘れないようにしている内に、こうしないと落ち着かなくてね』
という言葉が返って来てからは何も言えなくなった。
けど……どうしてそんな事をしていたのか、人生をやり直す事になってやっと本当の意味が分かった気がする。
当時は野盗に襲われて死んでしまった護衛達の事を思っての事だと思っていたけど、本当はそれ以外にも助ける事が出来なかったセレスティアを忘れない為に、自分を傷付けていたのかもしれない。
でも、今回の人生では彼女を助ける事が出来るかもしれなくて、もしかしたら止めさせることが出来るかもと思うと、少しばかり嬉しい気持ちになる。
「……シルヴァ王子、自分の身体を無闇に傷つけるのはどうかと思うわよ?」
「ア、アデレード様、ですが……」
「私があなたの悪癖を知らないとでも思っているの?マリウスの変わりに何度か王都に訪れた際に聞いた事があるわ、王位継承権の争いで何度か毒を盛られたり暗殺者を差し向けられて、毒見役や使用人に護衛の騎士が亡くなったのでしょう?」
「……なら俺がどうして、こんなことをしているのか分かる筈ですよね?」
「分からないわね、あなたはこの国の王族であり王子の一人よ、あなたを守って死ぬのは彼らの役割で、心を痛める必要は無いわ……ただそうね、申し訳ないと思うのなら王位継承権を勝ち取って精々立派な王になるか、継承権何か捨ててピュルガトワール家に婿入りでもしなさい」
……?今お母様は何を言ったの?立派な王になるまでは分かったけど、その後の言葉が理解出来ない。
どうしてシルヴァが、ピュルガトワール家に婿入りしなければいけないのか。
「……あの、お母様それはどういう?」
「どういうも何も、先程のやり取りを見たら、性格的な相性が良さそうと思うじゃない?だから、ピュルガトワール領の次期領主である私の可愛い娘を王族に渡す訳にはいかないけれど、シルヴァ王子さえ良ければ迎え入れてあげてもいいのよ?」
「そんな勝手に決められても……」
大事な話し合いの最中なのに、どうしてこのような流れになっているのか。
けどそんな私達を見て、何がおかしいのかシルヴァが声を上げて笑い出す。
「ふふ、ははは……、俺が王位継承権を捨てて、ピュルガトワール領へ……?そんな事今まで考えた事が無かったよ、けどそうだね、俺が王位継承権を諦めるような事があったら、その時はよろしく頼むよ」
「そう?なら楽しみに待たせて貰うわ」
「確約は出来ないけどね……、けど、マリスと共にいるのは楽しそうだ、その為には愛欲のサラサリズの件しっかりとやらないといけないね」
「けどシルヴァ王子──」
私がシルヴァの名前を呼ぼうとすると、人差し指で口を押さえられる。
そして真剣な表情を浮かべると
「もしかしたら今以上に親しい間柄になりそうなんだ、出来れば君には王子や様ではなく、シルヴァと呼んで欲しい」
「けどシルヴァさ……、はぁ、もう、分かりました、シルヴァ」
頭の中で彼を呼び捨てにするのは良い、けど彼の名前を言葉で呼び捨てにするのは違う。
当時の事を思い出して胸が締め付けられるように苦しくなるし、魔族に身体を操られてシルヴァを殺してしまった、やり直す前の人生を鮮明に思い出して罪悪感から呼吸が止まりそうな程に苦しい。
でも、彼は私が魔王となった人生を知らないから、これに関してやっぱり出来ませんと断る事も出来なくて……だから、今は辛いけれど形だけでも折れた方がいい。
「ありがとうマリス、……さて、ここで俺からの提案なのだけれど、愛欲のサラサリズを使い魔にする作戦には俺も同行しようと思う」
「あの……シルヴァ、同行するとは言うけれど……あなたに何かあったら」
「マリス、心配してくれるのは嬉しいけど大丈夫だよ、君は知らないと思うけど俺には王族のみが使う事が許される血統魔法があるからね」
王族のみが使う事が許される血統魔法に関しては、ちゃんと理解してる。
相手の魔法を一方的に無力化する恐ろしい能力で、魔法を主力にしている貴族達に対して有利な状況を作る事が出来てしまう。
「……あぁ、あの忌まわしい月の魔法ね、けどあれは魔法をかき消して無力化するだけで、確かに私達貴族には有利だけれど魔族には効くのかしら?」
「相手は魔族ですから効果はある筈です、彼等の身体は魔力で出来ていると王城の書庫で以前読んだ事あります」
「確かに魔力で出来ているけれど魔法ではないわ、けどそうね……あの魔法なら弱らせる事は充分出来ると思うわ、けど王族の魔法は恐ろしく魔力の燃費が悪いけれどあなたに使えるの?」
「……辛うじて魔法を剣に込めるくらいなら出来ます、なので接近さえ出来れば」
「そう、接近さえ出来れば出来るのね?分かったわ、そこまで言うのなら連れて行ってあげるからやるだけやってみなさい……、武器の方は護衛騎士の誰かから剣を借りて使えばいいわ」
お母様はそう言葉にすると、扇を広げて口元を隠しながら小さくあくびをする。
その姿を見てどれくらい話し合いをしていたのか気になって、テント越しに外を見ると既に陽が暮れ始めていた。