薄暗いテントの室内でランタンの柔らかな光が壁に影を落とす中、ヘルガは蝋板を手に取り、真剣な表情で情報をまとめ始める。
最初の死に戻りの際に起きたサラサリズの襲撃の件、そして二回目の捜索の際に起きた戦闘とその結末について……、けどその書かれた内容を確認をしようとしても問題があって……。
「愛欲のサラサリズ、以後サラサリズについてなのですが、マリス様より寄せられた情報をまとめた結果、考えられるのはそうですね」
「あの、その前にヘルガ……一つ良いかしら?」
「……マリス様?どうなされましたか?」
「その、大変良いづらいのだけれど、あなた……文字が」
一生懸命丁寧に書こうとしてくれているのは嬉しいけれど、こう綺麗に書こうとして逆に汚くなっているような。
こういう時黙ったままだと、何時までもそのままな気がしたから指摘したけど、本当に良かったのだろうか。
「……あれ?」
「ヘルガ、あなた……一生懸命綺麗に書こうとして、逆に汚くなってるわよ?」
「申し訳ございません、マリス様、アデレード様、直ぐに書き直します」
恥ずかしそうに顔を赤く染めたヘルガが急いで文字を消すと、文字を書き直して行く。
すると今度は先程とは違って、多少字が汚くても充分に読める範囲になった。
「これくらいなら辛うじて読めるわね」
「……申し訳ございません、私がもっと文字を綺麗にかけたら……」
「別に責めている訳では無いから構わないわ、ただそうね……王都について、マリスと学園に行くようになった際に恥をかかないように練習しておきなさい」
「……承知いたしました」
お母様の言葉に真剣な表情を浮かべながら頷くと、ヘルガにサラサリズについての説明をするように促す。
「では、まとめた結果なのですが、サラサリズは男性の護衛騎士を操り私達に襲い掛かって来たのが一回目の死に戻り、こちらの出来事に関してはセレスティア王女を縛る奴隷契約の書類を破棄してしまったのが原因ですね」
「あの時は酷い目にあったわね……、けどその経験のおかげでここまで来れたわ」
「来れたとは言うけれど、まだ肝心の問題は片付いていないわよ?このまま魔族の捜索に出た場合、同じような目にあって全滅してしまうもの……それを考えると私からは提案が二つあるわ」
お母様が椅子から立ち上がると、指先に魔法の光を灯し空中に絵を描いて行く。
「あなた達は知らないと思うけれど、魔族には九つの罪と言われる属性があるの、それぞれ【暴食】【色欲】【嫉妬】【憤怒】【怠惰】【傲慢】【強欲】【虚飾】【憂鬱】と呼ばれているわね」
「……欲、ですか」
「えぇ、魔族は生物の心から生まれるの、欲を抱いて死んだ生物が多い場所に発生する存在で、最初は死後の念が魔力となって集まったものだけれど、そこから時間をかけて肉体を得て生命を得る魔法生物のような存在ね」
「お母様……、私の記憶が間違えでなければ魔族は自然に発生するのではなく生物の心から生まれると聞いた事があるわ?」
「だから欲を抱いて死んだ生物がって言ったでしょ?それが生物の心よ?それに誰が自然に発生しない何て、誰があなたに教えたのか分からないけれど魔族は死後の念が集まりやすい場所で生まれるの、状況さえ整えれば使い魔として人の手で近い存在を生みだす事は出来るけれど、属性を持った存在を生み出す事は不可能よ?」
私が魔族について教わったのは、学園にて習う貴族教育の科目において教えられる常識なのだけれど、お母様がそう言うという事はもしかしたら教わった事が間違えである可能性がある。
「……まぁいいわ、教えたのが誰であれ学園に行けば正しい事を学ぶ筈だもの、取り合えずそのことについては後回しにして、私達が取れる手段は二つ、【色欲】の属性を持つ愛欲のサラサリズを討伐、又は渇きを満たして浄化することよ?」
「あのアデレード様、どうしてサラサリズが色欲だと判断出来るのですか?」
「考えなくても分かる位に簡単な事よ?、マリスの話しを聞いているだけでも他人に対する依存や愛される事を望む姿、そして愛されたいが為に可憐な少女の姿を取っている辺りどう判断しても色欲そのものじゃない」
「……なるほど」
ヘルガの質問にお母様は扇を広げて口元を隠しながらそう言葉にすると、私の方を見てゆっくりと目を細める。
「マリスも何か気になる事はあるかしら?」
「それならお母様、一つ聞きたいのですけれど浄化ってなんなのですか?」
「……魔族は生まれる原因になった欲の感情が満たされるまで、飢えているのよ、サラサリズの場合は誰かに愛されたい、必要にされたいという感情に支配されているの……だから欲を満たすことができるのなら、若い個体であれば、魔力で身体を維持できなくなって消滅するわね」
「なら、私達でサラサリズの欲を満たす事さえ出来れば?」
「なるほど、それなら若い個体では無かった場合は欲を満たしても浄化は出来ないのですか?」
ヘルガの質問にお母様が悩むような仕草をする。
そして暫くの沈黙の後、その言葉が正解だというかのようにゆっくりと頷いた。