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第32話

 薄れゆき断絶的に途切れ溶けあう意識の中で、自分ではない何者かが入り込んで来る。

産まれる事を望んだけれど、この世に生を受ける事が出来なかった命、世に生を受けたけれど誰にも愛されず幼い人生を孤独に凄し短い生を終えた幼子。

野生に生まれ、乳飲み子の内に両親を失い、飢えて終わるまで親を求めた獣。

そんな存在達が私を上書きして、誰からも当然のように愛され、求められるがままに愛される為に、そして誰かに必要とされ、満たされぬ思いを満たすために、【愛欲のサラサリズ】を愛する為に


「……あ、これダメかもしれない」


 そう思った時だった、私が私ではなくなって行く中で、深く深く意識が暗い闇に沈む最中に、私と同じ髪色を腰まで長く伸ばし、頭にねじくれた二本の角を生やし……黒を基調にした個性的な意匠のドレスを来た女性の姿が表れ。


「──あなたは私に選ばれた子、私を封じてくれた一族の末裔、こんなところで死に戻る事も出来ずに終わるのを私は許さない、何処までも強欲に自分に正直に生きられるように、終わらせてあげる」


 という言葉が頭の中に響くと、強引に上書きされ薄まった意識が元に戻って行き。


「……じゃあ精々頑張りなさい」


 と何所か寂し気な笑みを浮かべた誰かを見つめると、目の前の光景がいきなり別物へと変わり……


「──貴族は国や領地の民を守る為の剣であり、騎士は貴族を守る剣であり盾、そこに魔族という脅威がいるというのなら、王都へと向かう前に討伐をしておかなければならな……、マリスあなたどうしたの?顔色が悪いわよ?」

「……え?あ」


 少し前の時間軸に戻ったのか、お母様の声が聞こえる。

話の流れ的に、サラサリズを探しに森に行く事になる前のやりとりだろうか。

そんな事を思いながら周囲の様子を確認しようとすると、頭の中にもやがかかり視界がぶれるような感覚と共に、強烈なと眩暈と吐き気に襲われ、その場に蹲り


「マ、マリス様!?」

「マリス……あなた、何があったの?」


 お母様達の前で、嘔吐感を堪える事が出来ずに体の中にある物を全て吐き出してしまう。

咄嗟にヘルガが私の身体を支えて、頭から床に崩れ落ちないようにしてくれたけど、周りの護衛騎士達やお母様は現状が理解出来ずに唖然としている。


「……マリス様、いきなりどうしたのですか?」

「……え?あ、……の、おかあ、さま」

「マリス?体調が優れないのなら、無理をせずに休んでなさい」


 お母様はそう言葉にしながらもテント内に充満した匂いを眉を寄せながらも、心配げに背中をゆっくりとさすってくれる。


「お母様、大丈夫……それよりも聞いて欲しい事があるの」

「聞いて欲しい事?それって体調を崩しているのに、無理をしてまで言う必要がある事なの?」

「……えぇ、あのね?お母様、私、お母様がお父様から大事な事を聞いたって知ってるの」


 私の言葉を聞いた瞬間に背中をさする手が止まる。

そして目を鋭く細めると……。


「……会議の途中で中断するのは申し訳ないとは思うけど、魔族の探索についての話し合いは後回しにさせて貰うわ、……だからあなた達は持ち場に戻ってちょうだい」

「承知いたしました」


 お母様の言葉を聞いた護衛騎士達が、私達に向かって頭を下げるとテントをそれぞれの持ち場へと戻って行く。

ヘルガもそれに続いて出て行こうとするけれど


「……悪いけど、ヘルガだけはこの場に残りなさい」


 の言葉に何も言わずに頷く。

そして指示を待つかのようにヘルガがその場に立つと。


「マリス、ヘルガはあなたからしたら信頼できる相手かしら?」

「……はい」

「ならヘルガ、あなたはマリスの秘密を知って、他言無用を貫けるかしら?」

「それが命令とあれば、この場で聞いた事を全て口外致しません」

「よろしい、ならヘルガ……あなたは今から我がピュルガトワール家の秘密を知り、そして一生をマリスの為に尽くしなさい、良いわね?」


 そう念押しをするように言葉にすると、私の死に戻りについての説明をヘルガに行う。

けど全てを話す事は無く、次期領主という立場になると使えるようになる血統魔法という風に伝えられると、納得したように頷き。


「……なるほど、つまりマリス様は死に戻りという、ピュルガトワール家の血統魔法を使いこの場に戻って来たという事ですか」

「えぇ、そう言う事よ?だから……そうね、マリス、あなたに何があったのか教えて貰えるかしら?」

「けど、魔導書が無いと説明が……」

「……先程、アデレード様が仰っていた死に戻りで得た情報を伝えるのに必要な本ですね、それなら私が今から小屋に行って直ぐに取って参りますのでお待ちください」

「えぇ、そうしてちょうだい、その間にマリスを落ち着かせておくから」


 お母様が私を子供をあやす様に抱き上げるとゆっくりと背中を叩く。

ヘルガに見られてると思うと恥ずかしいけれど、それよりも安心感の方が勝って眠くなってしまう。

そんな私を見た彼女が微笑ましそうに笑みを零すと、小屋にある私の荷物から魔導書を取りに行った。

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