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第31話

 無数の雷が目の前に落ちたと共に視界が白く染まる。

そして激しい轟音と共に、耳鳴りが起きて周囲の音が聞こえなくなってしまう。


「──かしら?」


 暫くすると耳鳴りが収まって来て、白く染まっていた視界も徐々に見えるようになってくる。


「どう……やら、──ようね」

「お母様?」

「……あの衝撃で良く気を失わなかったわね、偉いわよマリス」


 お母様がそう言いながら私の頭を撫でてくれるけど、それよりも目の前に広がっている光景を説明して欲しい。

戦っていた護衛騎士達は自身の魔力で防いだのか、剣を杖代わりにしながらも何とか立っているけれど、敵になってしまったリバスト達は全身から肉が焼け焦げたような不快な匂いと共に、身体の一部が炭と化している。


「……いったい何をしたの?」

「決まっているでしょう?敵を無力化したのよ……、ただまぁ、私は細かい魔力の調整は出来ないから、ちょっとばかり間違えてしまったみたいね」

「間違えも何も……ここまでの威力は必要無かったかと、咄嗟に我々が魔力を使い身を守らなければ、何人かは死傷者が出ても──」

「ジョルジュ、あなたうるさいわね、結果的に無力化する事が出来たのだからいいじゃない、それとも私の行いに文句でもあるのかしら?」

「……いえ、アデレード様、ご協力頂きありがとうございました」


 表情に困惑の色を浮かべたジョルジュがそう言葉にすると、護衛騎士達に向けて目配せをする。

その意図を理解したかのように頷くと、杖代わりにしていた剣を両手で持つと芋虫のように体をくねらせながら立ち上がろうとしている、彼等の首に向かって剣を振り下ろす。


「……何をしているの?敵なのだからいっかいで首を刎ねなさい」

「彼等も分かってはいますが、やはり仲間だった者を斬るとなるとためらいが出るのはしょうがないかと」

「そうなの?それなら出来る限り早くしなさい」

「……ご配慮の程感謝致します」


 お母様が冷めた視線を護衛騎士達に向かいながら周囲の様子を伺うように顔を動かす。

そして私を守るようにいきなり抱きしめる。


「……?お母様?」

「マリス、眼を閉じてなさい」

「え?で、でも」

「早くなさい!」


 声を荒げながら、頭を強く抱きしめると同時に護衛騎士達がいる場所から何かが落ちて来たのか、悲鳴と衝撃と共に何かが潰れるような嫌な音が聞こえて来る。


「マ、マリス様!アデレード様……それとジョルジュ!そちらは無事ですか!」

「それとってなんだよっ!ったく……こっちは無事だ、けどそっちは……」


 ヘルガの声が聞こえたかと思うと、お母様がゆっくりと私を解放してくれて自由になる。

そして何があったのか確認しようと前に出ると……、あの時私とアーロを踏みつぶした大蜘蛛が護衛騎士達を踏みつぶしていた。


「無事なわけないでしょう、私は嫌な気配がして咄嗟に距離を取ったけれど、他は……見て分かるでしょう?立派な挽肉よ」

「……挽肉って、くっそ、なんだよ、なんなんだよこれ!」

「落ち着きなさいジョルジュ、これが私達が相手する事になった魔族でしょ?一瞬で人が死ぬことくらい覚悟して無きゃダメだと思う」

「分かってる!分かってるけど、そんなことっ!」


 二人のやり取りをまるで音楽を楽しむかのように動きながら、物言わぬ死体となった騎士達を糸で包んで行く。


「……あなた達ね?私を愛してくれる人を、私の可愛い子達を、殺したのは」

「あれが……へぇ、思ったよりも可愛らしい見た目をしているのね」


 大蜘蛛の背中に生えている体毛の一部が動いたかと思うと、ゆっくりと立ち上がり見覚えのある特徴的な帽子をかぶった少女が姿を現す。

そしてゆっくりと地面に降りると、長い髪を地面に引きずりながら近づいて来る。


「……あなたは女性だけど、可愛いと私を褒めてくれるのね?」

「私は可愛いものは可愛いと褒めるわよ?まぁ私の一番可愛いマリスには負けるけどね」

「マリス?それって、そこにいるあなたと同じ髪色の女の子の事?」

「えぇ?あなたと違って気持ち悪い嫌な魔力も無いでしょう?純粋で可愛らしい私の娘よ」


 お母様の言葉を聞いた瞬間に嬉しそうな表情を浮かべた魔族の少女の顔から感情が消える。

そして頭に両手を近づけると、掻きむしるように激しく動かし始ると手があたりかぶっていた帽子が地面へと落ちた。


「あら、思ったよりも角も可愛らしいのね、でもそこまで可愛くても誰もあなたを愛してはくれないし、大事にしてくれないわよ?」

「お母様、何を……」


 帽子の下に隠れていた小さく可愛らしい角が露わになると、その周囲を激しく書きむしる。

その度に透き通る程に美しいピンク色の毛が抜け落ちて行くと、言葉に反応するかのように脈打ちながら一つの繭のようになっていく。


「……いい?マリス、あなたは知らないと思うけれど魔族には九つの罪という名の独自の属性があるの、例えば飢餓だったら暴食だったり」

「……アデレード様、そのような説明をなさる前にまずは避難を!」

「ジョルジュ、もう手遅れだから黙ってなさい、この状態で出会ってしまった以上は詰みよ」

「それなら尚の事、あなた方だけでも生き延びて頂かなければ……ヘルガ!何をしてでもおふた……ぐぅ!?」

「ジョルジュ!」


 ジョルジュが剣を構えて魔族の少女へと剣を向けようとすると、繭から数えきれない程の糸が飛び出し、彼の身体を一瞬にして包み込むと中へと引きずり込んでいく。


「……女の人は嫌い、私達を産んだのに捨てた、男の人も嫌い、生まれる事が出来なかった私達を直ぐに忘れてしまう、だから作り直してあげる、生み直してあげる、あなたは私を愛してくれるお父様、あなたは私の大事な子、あなたは私を無条件で愛して尽くしてくれるもの、後は私を、私達を愛してくれるお母様、後はお姉様が欲しいわ、あなた達がなってくれる?私の名前は【愛欲のサラサリズ】あなた達の愛おしい娘で、妹、そしてあなた達のお母様」


 庇護欲をそそるような声でそう呟いたかと思うと、再び繭から糸が伸びると反応が出来ない速度で私達を拘束し引きずり込んでいく。


「……マリス、私はあなたの秘密をマリウスから聞いたから知っているわ、死に戻りの事も全て」

「……お母様?」

「だから辛い事を頼んでしまうかもしれないけど、お願い……戻った先で私が同じような事をしそうになったら、こう言いなさい【マリウスから聞いている筈】と、そしてこの出来事を伝えなさい、良いわね?私の可愛いマリス……」

「……分かりました、おかあさ──」


 返事の最中で繭の中に取り込まれると、暖かいぬるま湯に浸かるような感覚に襲われる。

そして徐々に手足の感覚がなくなり、身体が溶けるように消えていくと、私の意識が徐々に消えて行き、溶けあい混ざり合い途切れた。

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