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第29話

 会議の後、休憩を挟む事なく魔族の討伐に出る事になり、護衛騎士隊長代理のジョルジュとヘルガを含めた複数人の護衛騎士を連れてお母様と森へと向かう事になった。


「森に獣の気配がありませんね」


 誰がそう呟いたのか分からないけど、確かに動物の気配がない。

人が大勢入って来たから警戒して息を潜めているのか、それとも魔族の影響で姿を消してしまったのか。

前者だったらまだいいけれど、後者だった場合、この森は既に【愛欲のサラサリズ】の影響下にあるわけで……


「……マリス様、私の側から離れないようにしてください」

「えぇ、ありがとうヘルガ」

「ジョルジュ、あなたはアデレード様をお願いします」


 ヘルガに提案に頷いたジョルジュがお母様へと近付くけれど、途中で扇子の先端を向けられて止まる。


「……いえ、あなたもマリスを守りなさい」

「ですが、アデレード様に何かありましたら、マリウス様に申し訳が……」

「あなたこそ何を言っているのかしら?私は貴族である前に、一人の魔法使いよ?自分の身位なら自分で守れるわ」

「……分かりました」


 確かにお母様なら一人で何とか出来るかもしれないけれど、相手は魔族だから出来れば油断をして欲しくない。

ジョルジュも同じ考えなのか難しい表情を浮かべながら来るけれど、ここで意見を言える人がいるわけも無いと思っていたら、厳しい表情をしたヘルガが前に出る。


「アデレード様、お言葉ですがジョルジュをお連れください」

「あなた……私に意見をすると言うの?」

「えぇ、させて頂きます、いくらアデレード様が自分で身を守れるとはいえ、魔族が関わっている以上は何が起きるか分かりません、なので窮屈だとは思いますが我慢して頂けませんか?」

「そう、そこまで言うのでしたら勝手になさい……まったく、リバストはあなたをどんなふうに教育したのか気になるわね」

「どんなふうに?それはこんな風にとしか言いようがありませんね」


 呆れたような顔をするお母様を見ながら、自信ありげな表情でヘルガがそう言葉にするとこちらに戻って来る。


「ジョルジュ、あなたは護衛騎士隊長の代理になったのですから、これくらい出来ないとダメですよ?」

「……領主様の奥様にそんな事を言えるのはお前くらいだよ」

「……?奥様だろうが、マリス様だろうが私は必要なら言いますよ?だって大事な事は伝えないと伝わらないじゃないですか?」


 そう口にするヘルガは何処か誇らしげで、でもこの状況なそんな顔をされても反応に困る。

けど……それよりも彼女が口にした大事な事は伝えないと伝わらないという言葉が引っ掛かってしまう。

こういう時……死に戻りで得た情報を伝える事が出来たらいいのにと思うけれど、いきなりこの魔族は男性を洗脳して操る的な事を言い出したら、何も知らない皆からしたら急に何を言い出すのかという感じになる筈だ。

けど、何処かで伝えなければいけない事で、でもここまで来てしまった以上はどうする事も出来なくて……


「まったく……ヘルガ、俺はおまえのそういうところが羨ましいよ」

「……ん?何を羨ましがる理由があるので?」

「俺はほら、生まれが貴族だから自分よりも格上の相手、それが忠誠を誓った相手の奥方となると、どうしても強く出る事が出来なくてさ」

「……?奥さんだからって弱気になる必要は無いと思いますよ、私は平民育ちだから教育を受けても良く分からないところはありますけど、男は外で働き家族を養って守り、女は家で家族を守り子を育てるものじゃないですか……まぁ、私はこうやって騎士になったので当てはまりはしませんけど、守るべき相手を守るのは当然でしょう?」


 何を言ってるんだこの人はと言いたげなヘルガが眼を細めてジョルジュを睨むけれど、何故か頬を赤く染めて彼女の手を取る。

そうして覚悟を決めたような表情を浮かべ。


「そうやってぶれないところが本当に凄いし尊敬してる」

「まったくさっきから羨ましい?本当に凄い?それに尊敬してるってジョルジュ、あなた本当に何を言いたいのですか?」

「え?あぁ……こんなタイミングで言う事じゃないのは分かってるんだ、だけどもしかしたら魔族に遭遇したらこれで最後になるかもしれない、だから伝えておきたいと思って」

「……?伝えたいって遠回し過ぎてなんも分かりませんよ?」

「あぁもう分かったよ、言う、言うって!……この戦いが終わって無事に生き残れて、マリスと共に学園から戻って来たらその時は一度俺の故郷に一緒に来てくれないか?」


 これはまさかプロポーズなのだろうか。

そう思って周囲を見ると護衛騎士達が『やっと言えたな!』、『おめでとう!』とジョルジュに対して声を掛け始め、お母様も扇で口元を隠しながらも眼が笑っている。


「……?あぁ、そういえばジョルジュの実家は海に面していて、美味しい海の幸が食べれる事で有名でしたね、一緒に来てくれという事はご馳走してくれるって事ですよね?分かりました、そう言う事でしたらマリス様、学園をご卒業なされたらジョルジュと共に行きましょう!」

「え?あ、あぁ……そういう意味じゃないとおも──」

「……マリス様いいんだ、ほらヘルガはこういう奴だからさ、何とか俺だけの力で好意を勝ち取ってみせるよ」

「……?良く分かりませんがジョルジュ、話しはこれで終わりですか?それなら早くアデレード様の護衛をお願いします」

「あぁ、分かってる、アデレード様、待たせてしまい申し訳ございません!すぐそちらに向かいます!」


 笑いを堪えるようにお腹を抑えているお母様の元にジョルジュが走って向かうと、暫くして進行を再開する。

そうして陽が一番高い位置に移動をし始めた時だった。


「……て、てきしゅう!てきしゅーう!!」


 私達の前を警戒しながら移動していた護衛騎士の声が森にこだました。

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