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第28話

 顔を赤くしている暇なんてない。

そう思いながらヘルガと共にテントの中に入ると……


「外が騒がしいと思っていたら、ヘルガおまえか……」


 ヘルガを見ながら呆れたような表情を浮かべたジョルジュが、そのまま私の方を見るとゆっくりと腰を曲げる。


「これはマリス様、今は大事な会議中ですが参加なされますか?」

「えぇ、そうさせて貰うわ……だって今すぐにでも伝えなければいけない事があるもの」

「伝えなければいけない事ですか?……分かりました、それでしたらアデレード様の隣に御立ちください、ヘルガ……おまえはマリス様の近くにいるように」


 ジョルジュの指示に従ってお母様の隣に移動すると、面白いものを見たかのように笑みを作っているのが目に映る。


「えっと……お母様?」

「外のやり取りが中まで聞こえていたけれど、面白かったわよ?……ただそうね、次からはもうちょっとスマートにやりなさい、その方が貴族としての評価が高くなるわ……例えばそうね、この状況を利用してあの失礼な護衛騎士を森へと連れ出して、モンスターに襲われた事にして始末するとか出来る事は沢山あるわ」

「……覚えておきます」


 お母様の助言を聞いた他の護衛騎士達が身体を震わせるけど、私と違ってこの人は生粋の貴族主義を掲げる家で育って来たからやるとなったら躊躇う事はしないだろう。


「……で?マリス、あなたがヘルガを連れて会議に参加しに来た理由は何かしら?」

「それはヘルガが答えるわ、今回の出来事に関して重大な事実に気付いたのは彼女だもの」

「そうなの?ならヘルガ、お願い出来るかしら?」

「は、護衛騎士ヘルガ、アデレード様、護衛騎士隊長代理ジョルジュ並びにテント内にお集まりになられた護衛騎士の方々に報告を致します!実は今回の出来事に関して──」


 テントの中を支配する静寂の中で、ヘルガの声だけで静かに全員の耳へと届く。

最初は何を馬鹿な事を言ってるのかという顔を浮かべるような者もいたが、徐々にその内容に対する信憑性を理解したのか、表情が引き締まっていった。


「……つまりヘルガ、今回の出来事は人為的だという事でいいんだな?」

「はい、それも……街でマリス様と、アデレード様が見た不快な魔力の持ち主の事を考えたら、間違いなく相手は……」

「魔族……でしょうね……」


 魔族という言葉を聞いた瞬間に、護衛騎士達の表情が一斉に消える。

そしてその名前を口にしたお母様の方を見ると……


「アデレード様、この国に……しかもピュルガトワール領に魔族が……?」

「そ、そんな事ありませんよね?だってこの領地はマリウス様のおかげで治安が良いですし、他の領地に関しても……」

「確かにピュルガトワール領は治安が良いわ……けどね、何所でも表面上は美しいものよ?それはここも変わらないの、表が美しく輝けば輝く程、同じ位に汚く汚れた部分も純度が高まれば黒く濁り光沢を放って輝くものよ?」

「という事は魔族が生まれる可能性も……?」

「あるでしょうね……、私とマリスが目撃した少女が、今回の出来事を起こした魔族だとしたらまだ生まれたばかりの幼い個体でしょうし、今よりも被害が大きくなる前に討伐する必要があるわ」


 お母様はそう言うけれど、あの巨大な蜘蛛の事や男性を操る能力を考えたら危険だ。

けど……それを私が伝えたとして、どうやって死に戻りする前の出来事を正確にに伝える事が出来るだろうか。


「貴族は国や領地の民を守る為の剣であり、騎士は貴族を守る剣であり盾、そこに魔族という脅威がいるというのなら、王都へと向かう前に討伐をしておかなければならないわ……、本来であればマリウスの仕事ではあるけれど、ここにいるのは妻の私と娘のマリス、そして戦力としては申し分も無い我がピュルガトワール領の護衛騎士達よ?作戦を充分に練り行動をすれば、幼い個体であれば討伐は可能だと私は判断するわ」


 真剣な表情を浮かべてそう言葉にするお母様を見て気付いてしまう。

この人は今回の出来事を、自身が過去に起こしてしまった出来事と重ねてしまっているのかもしれない。

いなくなってしまったダートお姉様を見つける為に、魔族の商人と取引をしてピュルガトワール領に【飢餓のリプカ】という強大な力を持った魔族を招き入れてしまった罪。

表に出さずに私達家族の間で黙っている事にしたけれど、それでも責任を感じて【愛欲のサラサリズ】の討伐をする事で過去の罪を償いたいのだろう。


「ではアデレード様、これから我々の任務は……リバスト護衛騎士隊長の亡骸捜索ではなく」

「今回の出来事を引き起こした魔族の討伐作戦に私と共に同行して貰うわ……マリス、勿論あなたも来なさい、今回の出来事は次期領主として良い経験になる筈よ」

「えぇ、けど……私達が野営地を離れている間、シルヴァ王子やセレスティア王女の事はどうするの……?」

「そこはアーロや他の従騎士に任せるわ、身の回りのお世話くらいなら出来るでしょう?……ただ、ジョルジュ、セレスティア王女には女性以外近づけないように騎士を通して連絡をしてちょうだい」

「は、承知いたしました」


 個人的にはアーロもついて来てくれると精神的に心強かったけど、今回の事に関してはしょうがないと思う。

ただ……本当にこのまま、討伐に出てもいいのだろうか……、もしかしたらどうする事も出来ずに死んで戻るのかな……そう考えると少しだけ怖いけれど、こうなってしまった以上はやれることをやるしかない。

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