お母様が私達の顔を覗き込んだ後、ゆっくりとアーロへと近く。
そして彼の頭に手を乗せ腰を下ろして目線を合わせ……
「……あなたも、私に対して意見をしようとする勇気は凄いと思うけれど、今のあなたはまだ騎士ではなくて、従騎士よ?準貴族にもなっていないのだからしっかりと時と場所を選ぶようにしなさい」
「え?あ……はい」
「いい子ね、少なからずあなたの頑張りは知っているから少しは認めているわ」
と言葉にした後に、真剣な顔をして立ち上がり。
「さて、先程までの話し合いの情報を共有するのだけれど……そうね、どう伝えるべきかしら?ヘルガ、最初から全て伝えるべきだと私は思うのだけれどどう?」
「どうと言われましても……、いきなり全てを話されても聞く側は困惑するだけだと思われます」
「そう……ならそうね、リバストについてだけ伝えましょうか」
お母様はそう言葉にして、口元を扇を広げて隠す。
そして私達の顔を見ると……
「あの肥え太った醜い豚を捨てに行ったリバスト達が行方不明になったわ」
「……え?それってどういう事で──」
「疑問に思うのは分かるけど、後にしてちょうだい……、昨晩から戻って来ない事を朝になって相談されたから、他の護衛騎士達に様子を見に行くように指示をしたのよ、それでさっき報告を受けたのだけれど、ヘルガ説明してちょうだい」
「承知いたしました、報告によるとそこには内側から強引に引き裂かれたような悲惨な行商人の死体と、折れた剣や鎧の一部が地面に落ちている等の戦跡が残されていたそうです」
……その報告を聞いて、死に戻りをする前に起きた出来事を思い出す。
行商人の身体から出て来たのは間違いなく、成人した男性を優に超え、人を踏みつぶせる程の大きさを持つピンク色の毛を持つ蜘蛛だろう。
「その情報を持ち帰った護衛騎士達の話をまとめて状況を整理した結果……、リバスト護衛騎士隊長を含めた数名の騎士は死亡したものと判断し、これからの事について話をしておりました」
「話をしてましたってヘルガさん、……大丈夫なのかよ、です、リバスト様はヘルガさんを騎士として育てた人で、俺の面倒を見てくれていた人なのに、何も思わないのか?」
「思うところが無いと言ったら嘘になります、私にとっては二人目の父と言ってもいい程にお世話になりましたから……、でもねアーロ、あの人が今ここにいたら、こう言うと思うの『お前達は護衛騎士として今やるべき事をやるべきだ』って、だから私達は彼の意思を継いでやるべきことをするべきなの」
そう言葉にするヘルガは辛そうで、無意識なのか自身の腕を強く握りしめ苦悶の表情を浮かべている。
アーロもそんな彼女の姿を見て、思うところがあるようで顔を背けると
「……けど、あの人は──」
「アーロ!あなたは将来立派な騎士になるのでしょう?なら、今ここで人の死に馴れておきなさい」
「わかり……ました……」
「よろしい、そしてこれから先の事を話し合おうとしたタイミングでマリス様達が来られたので、話を中断したという流れになります」
話の大まかな流れは分かったけれど、リバスト護衛騎士隊長を喪った損失は大きい。
私は彼とは付き合いが短いけれど、それでも立派な人だった。
従騎士となったアーロの面倒を見てくれていた事にも感謝をしているし、宿泊施設での出来事やヘルガが私と行動する事を許してくれた事への恩もある。
そんな人が亡くなってしまったという事実に関して、現実では無いような、起きているのに夢を見ているかのような、そんな感覚に襲われて言葉が上手く出て来ない。
「……アデレード様」
「ん?何かしら?シルヴァ王子」
「これは、俺や妹……いや、セレスティアを助けたせいで起きた犠牲だと思う、だから……無事に王都に帰る事が出来たら、犠牲になったリバスト護衛騎士隊長殿と他の護衛騎士の方達に対して、王族として補償を行いたいと思う」
「補償とは言うけれど、何をする気なのかしら?」
「遺されたご家族が、生活に苦しまないように金銭及び生活物資の援助等、俺に出来る事なら何でもしようと思います」
シルヴァ王子が前に出ると、お母様に向かって頭を下げながら言葉にする。
けれど、遺族への補償とは言うけれど、大事な家族を亡くした人達に対して金銭や生活物資を送るだけでいいのだろうか。
確かに当面の生活には困らないだろうけれど、それと心に負った傷は別だと思うし、そういう面でも支えてあげる環境が必要だと思う。
「……気持ちだけは受け取っておくけれど、その提案は受け入れるわけにはいかないわね」
「そ、それは何故……?」
「ピュルガトワール領の騎士が戦死した場合、遺族への対応は領主のマリウスが責任を持って行うわ、例えあなたが責任を感じていたとしても、王族とはいえ外部の人間が出張るべきではないの」
「で、ですがそれでは!」
「シルヴァ王子、あなたの気持ちは分かったけれど聞き分けなさい、それにあなたがここで口約束をしたとして、実際に王都に帰った後にその約束が守られるという保証は無いわ」
確かにお母様の言うように実際に約束が守られるという保証が無い。
「けどそうね、変わりにあなたやセレスティア王女を保護する事で起きた被害に対しての損害は王族として払ってもらうわ」
「……え?」
「その範囲で遺族に対する補償等に対して、後日私からマリウスに進言してあげる……それでいいかしら?」
「はい、それで大丈夫です、ありがとうございます!」
「お礼を言われるような事はしてないわ」
そうかもしれないけどお母様が、お父様に進言して提案する事でシルヴァ王子の気持ちを汲み、王族から遺族への賠償という形でを支払う流れになった。
彼もそれが分かっているようで深々と頭を下げる。
「さて、この話はこれくらいとして……リバスト護衛騎士隊長が亡くなった以上代役が必要になるわね、それに関しても話を再開したら決めたいし……どうしようかしら」
「……アデレード様、それでしたら適任とはいえませんが、代役なら出来そうな護衛騎士が一人だけいます」
「……それってヘルガ、あなたの事?」
「いえ、そんなとんでもない……私が代役に何てなったら、皆をまとめられずに問題が大きくなる未来しか見えないので……、私が推薦するのは従騎士だった頃に色々と世話を焼いてくれた人で名前はジョルジュ、リバスト護衛騎士隊長が不在の際に指示を出したりなど状況判断においても有能な先輩騎士です」
「あぁ……あのジルベール子爵の三男坊ね、確か王都までの旅に同行する護衛騎士に対して説明を受ける際に、マリウスからジョルジュに関して職務に真面目で後輩達に慕われる立派な騎士だと言ってたわね」
お母様は思い出すかのような仕草をしながらそう言葉にすると、ヘルガにジョルジュを連れて来るように指示を出した。