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番外編:ふたりのクリスマス-後編-

 ユキジにはキャメル色のコートとチェックのマフラー、中はシャツにニットを合わせて、いつものジーンズを着させた。ブランド物でもないのにモデルみたいに見えるんだからまいってしまう。ちなみにユキジの服は村瀬との共用ではない。比較的小柄で痩せ型の村瀬はSサイズで、ユキジとはサイズが合わないのだ。


 村瀬はいつもみたいに黒が多い格好ではあるものの、こっそりとチェックの靴下をはいてチェックのハンカチを持つと、自己満足でにやにやとしてしまう。


 出かけると、まずはふたりでクリスマス雑貨を売っているような店を巡った。女性が多い店内でユキジは目立つ。村瀬は片時もユキジの隣を離れないようにしながら、女性に声をかけられないようにガードしていることに気づき、そんな自分にびっくりしていた。


 各店内には木製やフェルト製、プラスチックやアクリルでできた様々なオーナメントがある。ユキジが気に入るのはどうやらキラキラしたボール型のオーナメントが多いらしい。


「ユキジ、そんなにたくさん飾れないよ。それに、クリスマスは毎年来るんだ。毎年少しずついろんな形のを増やすのもふたりの思い出みたいでいいんじゃないか?」

「そっか! そうだね。そうする。タカオ頭いいー」


 特に気に入ったいくつかを精算しながら、各雑貨店をあとにすると、ランチをしたあとに江の島の水族館へと向かった。

 さすがに週末の水族館は人が多い。そして、ここもクリスマス仕様だ。クリスマスの飾り付けをされた水槽や特設ブースがある。


「魚もクリスマス楽しみなのかな」

「はは……どうだろうね。さすがに水槽の中にクリスマス飾りが入ってくるとは思ってなかったんじゃないか?」

「そうなんだぁ。水の中じゃぴかぴか見れないしかわいそうだね」

「いや、もしかしたら魚の目からしか見えないぴかぴかがあるかもしれないだろ?」


 特にユキジが感動していたのがクラゲのホールだった。雪の結晶のオーナメントと水槽にゆらゆらしているクラゲを見ていると、雪の世界にいるみたいだと興奮気味に話す。


「タカオ、すごいねぇ。俺、雪の結晶の飾りも買えばよかった」

「今日はもう無理だけど、どこかで見かけたらひとつくらい買ってもいいかもな」

「クラゲの飾りはあるかなぁ」

「クラゲ……のオーナメントはないかもな……」


 村瀬はクリスマスツリーにクラゲがぶら下がっているのを想像して吹く。でも、それはそれで自分とユキジの思い出としていいかもしれないなんて思うのだった。


 閉館の時間近くまで水族館でのんびりしたふたりは、薄暗くなった道を江の島に向かって歩く。イルミネーションで彩られた江の島は村瀬の記憶にある江の島とはまるっきり違って見える。

 シーキャンドルだけでなく一帯がキラキラと輝き、光のトンネルなんかもある。もちろん周りはカップルだらけだ。


「タカオ! ここにもクラゲみたいなのいるよ」


 村瀬はイルミネーションを見て走り出そうとしたユキジの袖をとっさに掴む。


「あ、ユキジ。人が多いから走らないで。えっと……その、手」

「外なのにぎゅってしていいの?」

「今日は特別。はぐれないように」


 ユキジと繋いだ手を寒いからとコートのポケットに突っ込む。えへへと締まらない顔のままのユキジとイルミネーションを見ながら歩いていると、ユキジがピクっとしたあと辺りをきょろきょろとしだした。


「どうした?」

「えっと、なんか……」

「チビ?」


 斜め前方から歩いてきた男性がなぜかユキジを『チビ』と呼んだ。


「ぎんさん!」


 目をまんまるにしてユキジがその男性を見ている。知り合いなのだろうか? と村瀬がふたりを交互に見ていると、ユキジは「あっ」と声を上げて村瀬を見た。


「タカオ、ごめんね。この人はぎんさん。えっとね……(ネコマタだよ)」

「チビ、探してた人間に会えたのか」

「うん。っていうか、俺、今はチビじゃなくてユキジっていうんだ。タカオに新しい名前をつけてもらったの」

「はじめまして。銀之丞だ。ぎんでいい」

「あ、はじめまして。ユキジがお世話になったみたいで……?」


 そういえば江の島はネコマタの聖地だったと言っていたなと村瀬は思い出していた。ここでいろんな地域猫やネコマタから情報を収集してユキジは村瀬の前に現れたのだ。きっと長くいるネコマタの先輩が助けてくれたのだろう。つまり、この人がそういった? 確かに目の前のぎんと名乗るこの男性も年齢不詳な感じがユキジと似ている。


「チビ……じゃなくてユキジ、良かったな」

「いろんなこと教えてくれてありがとう。俺ね、今はタカオと番なんだー」

「ユキジ……」

「そりゃめでたいな。他の奴らもいるからたまには顔出せ」


 恥ずかしげもなく村瀬と番だと話すユキジは幸せいっぱいに見えて、村瀬は止めることもできなかった。夜とイルミネーションのおかげで赤くなっているだろう顔がわかりにくくてよかったと思ってしまう。


「タカオ、ユキジを頼む」

「あ、はい。ぎんさん、私が今幸せなのはあなたたちのおかげです。ありがとうございます」

「あは! ユキジが言うように本当にいい人間だ」

「当たり前でしょ。俺のタカオなんだから」


 ドヤ顔で村瀬を自慢するユキジを見て、村瀬は胸がジンジンとしてくる。こんなところで泣きたくないのに、どうしてユキジはいつでもどこでもまっすぐな信頼と愛情を向けてくれるんだろうか。


「ほらほら、ユキジ。タカオが恥ずかしがってるぞ。本当にお前は……」

「でもタカオは嫌じゃないんだよ。俺のこと大好きだし、ちょっと言葉に慣れてないだけなんだ」


 確かにそうだけども……と思いつつ、他人に話されてしまう恥ずかしさはどうにも消化できない。村瀬はついその恥ずかしさにポケットの中のユキジの手をぎゅぎゅっと握った。すると、ユキジは村瀬を見て蕩ける笑顔を浮かべる。


「ぎんさん、またね。今度ゆっくり来るから!」


 村瀬の手をにぎにぎしながらユキジが歩き出して、引っ張られるように村瀬が着いていく。村瀬は振り返りながらぎんというネコマタに会釈をした。


「彼に会いたくて江ノ島に来たのか?」

「え、まさかぁ。会うとは思ってなかったよ。こんなに人が多いから猫姿でいたほうが楽だろうし」

「ああ、そうか……。なんで人化してたんだろう」

「情報集めてたのかなって思うけど、猫姿のときのほうが内緒話が聞けるときもあるって言ってたからわかんない。ぎんさんは情報いっぱい持ってるんだよ。せんそーのときのこととかね、怖いよ」


 俺は聞いただけだからわかんないけどとユキジは言う。村瀬はあの人がいつから生きているのかとかいろいろ気になりだしたが、詮索はいけないことのような気がして話を切り替え、その後はユキジが必死で村瀬を探していたときの話になった。この話は何度聞いても村瀬の胸を震わせてくる。きっと自分は……これからもユキジのこの想いに揺さぶられて変わっていくのだろうなと考えていた。


「ユキジ、そろそろ家に帰ろうか。その……。私は昨夜の続きがしたい気分……なんだ、けど」

「もうー。俺が頑張って我慢してるのになんでそういうこと言っちゃうの?」


 ぷうと頬を膨らませてユキジが言う。村瀬はその様子を見て続けた。


「クリスマスイブは明後日だけど、いい子にしてたらサンタクロースがプレゼントをくれるんだ。私はユキジにとっていい子かな?」

「当たり前だよ! タカオは世界で一番いい人間だもん」

「じゃあ、ユキジから私へ、ユキジをプレゼントしてくれる?」

「タカオってば、明日お仕事なのにそんなこと言って。もう知らないから。夜明けまでたくさんプレゼントしちゃうからね!」

「ふふ。ありがとう、ユキジ。私のこともたくさんもらって? 初めての幸せいっぱいのクリスマスだ」


 顔を寄せ合ってそんなことを言いながら、ふたりはクリスマスツリーの光る自宅に帰っていった。


 ──終わり──


 応援してくれる大事な読者さまへ、愛を込めて!


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