「タカオ! タカオー!」
帰宅と同時にユキジがはしゃいだ声をあげる。
週明けに提案してみたい業務の企画書を作っていた村瀬は、四畳半の書斎として使っている部屋から顔を出した。
「どうし……うわっ、なにその箱」
「えへへー。ぴかぴかだよ。先生が俺のお金だからって一緒に買い物してくれた!」
「ぴかぴか?」
赤い包装紙で包まれた大きな箱を開けると、それは組み立て式のそこそこ大きいクリスマスツリーだった。子どものころからクリスマスなんて無縁だった村瀬は、駅前や買い物に行く先がクリスマスムードになってきてもどこか他人事でいたから呆気にとられた顔をする。
「あ、もうクリスマスだもんな。これ、飾るの? うちに?」
「うん! キレイだよ。先生のとこにもあるんだ。患者さんも結構見てる。うきうきしてくるよ!」
「そっか。クリスマスツリーなんて初めてだな……小さい頃は憧れたんだ。うちはあんな家だったからイベントなんて無縁でさ。でもユキジのお給料もったいないだろ? はんぶんこしよう」
「俺、大丈夫だよ」
「でも、これはふたりの家のツリーだろ? 私も出したいんだ」
ユキジは村瀬の言葉を聞いて、わかったと頷く。
前のボロアパートと違って、今の家は村瀬の書斎とリビング、ふたりの寝室とスペースに余裕がある。ユキジはリビングに飾りたいと目をきらきらさせている。
「ごめんな、私はやったことがないから、組み立て方を読んでみよう。えっと、まずは木に土台をセット……土台? あ、これか」
「ここにはめるの?」
「そうそう。4つはめたら木を立てる。って、リビングのどこに置こうか」
ユキジがやりたくて買ってきたクリスマスツリーだったが、村瀬も一緒に組み立てながら気持ちが上がっているのを感じていた。
子どものころに村瀬が諦めたいろいろなこと……それを人化したユキジは知ってか知らずかやりたがる。おかげで村瀬はユキジと一緒に何十年越しに経験することができて、そのことにも胸の中で感謝していた。
「俺は、ここがいいな。俺の席からよく見えるから!」
「じゃあ、そこにしよう。えっと、LEDのコードは……ぎりぎり届くな。そしたら、ユキジ、次はぴかぴかするやつだよ」
「んー、難しい」
「バランス良く巻き付ける感じだね」
下から枝に乗せるように螺旋状に上まで巻いていく。少しだけ村瀬が手伝えばきれいに巻き付けることができた。
「そしたら、このオーナメントを好きなことろにぶら下げるんだ。てっぺんはこの星な」
セットのオーナメントはそんなに多くなかったけど、正面に見える部分に多めに飾ることで豪華に見せることにした。飾りつけを終えて、試しに光らせてみると、ユキジが歓声をあげる。
「ぴかぴか!」
「でも、普通は緑のクリスマスツリーなのに、なんで白いのにしたんだ?」
「なんかタカオみたいだったから」
「私?」
「うん。真っ白できれいで……前は消えちゃいそうだった。でもね、こうやって今はぴかぴかなんだよ」
思ってもなかった言葉を言われて村瀬は面食らう。ユキジが自分のことをそんなふうに思っていたなんて知らなかったのだ。
少しだけ鼻がツンとするが、村瀬は前よりは涙をこぼさなくなっていた。
「そうか……。じゃあ、こういうオーナメントがユキジからの愛情だな」
「俺の?」
「うん。何もなかった私にこうやって一個一個いろんな形の愛をくれるんだ。だから、ワクワクする木になったんだよ」
ぱっと輝くような笑顔を見せるユキジは、もっといっぱい飾りたいと言う。それはどちらの意味だろう……本当にオーナメントが欲しいのか、それとも自分に愛情をくれるという意味か、少し悩んで村瀬はユキジに声をかけた。
「そしたら、明日追加のオーナメントを一緒に買いに行こうか? なんか調べたら手作りする方法もあるみたいだけど……」
「デート!」
「うーん。昔は鎌倉に一年中クリスマスのお店があったんだけど、どうやら今はないみたいだ。まあ、この時期ならどこでもクリスマス雑貨は売ってそうだけどね」
村瀬が藤沢に引っ越してきて少しした頃に、遠足で鎌倉小町通りから鶴岡八幡宮まで行った。そのときに見たお店を検索してみたが、もうないのを知って村瀬はガッカリする。その店は憧れのクリスマスを凝縮したみたいな可愛い店で、キャーキャー言っている女子の陰に隠れてそっと見たものだった。
「俺はねぇ、昼間お買い物して、夜にエノシマ行きたいな。患者さんのママが言ってたんだ。エノシマもぴかぴかだって」
仕事を変えてからは休みにユキジとスーパー以外にも出かけることが増えたが、そういえばエノシマには行ってなかったなと村瀬は振り返る。自分を探して『フジサワ』まで追いかけてきたユキジは『エノシマ』で情報を集めたと言っていた。
「江の島か。そしたら水族館とかも行ってみるか? デートなんだろ?」
「水族館?」
「大きな水槽がいっぱいあって、海の魚がたくさん泳いでるんだ。食べられないけどね」
「行く! 楽しみー」
そう言った途端、ユキジは猫の姿になって部屋中を走り回る。どうやら興奮を処理する
「ユキジ、おいで」
村瀬が声をかけると、最後にぴょんと跳ねたユキジが村瀬のあぐらの上に乗ってくる。頭を撫で、背中を撫で、しっぽをスルリと撫で……。
「しよっか」
◇◇◇
昨夜はクリスマスツリーの雰囲気と、あまりに喜ぶユキジを見てなんだか不思議な気持ちになってユキジを誘ってしまった村瀬。ユキジは応えてくれたけど、デートを楽しみにしているのか何度も求めてくることはなくて、優しい温かな交わりだった。
「タカオ、起きてぇ。俺の服選んで」
「……んん? 早いな、ユキジ」
目覚ましが鳴るかなり前にユキジに起こされて、村瀬は眠い目をこする。ユキジはベッドに正座をして布団を揉んでいた。
「寒いだろ? おいで」
「服……」
「あとで選んであげるから。眠れなかったのか?」
「ちゃんと寝たよ。でもドキドキして目が覚めちゃった」
村瀬がユキジをぎゅっと抱きしめると、気持ちよさそうにスリスリと腕の中で顔を擦り付けてくる。デートみたいなことも今まで何度かしたはずなのに、今日のことをそんなに楽しみにしているのかと村瀬は口元が緩むのを感じた。
かっこいいユキジを飾り立てるのは意外と楽しい。最初の頃、村瀬は自分とユキジを比べては落ち込んでいたのに、今はそんな気分にはならなくなった。誰にも気づかれないところで、自分とユキジのファッションに共通点を忍ばせるのが最近の村瀬の楽しみだ。
しばらく布団の中でうとうとと二度寝を満喫したあと、目覚ましと共に起き上がる。村瀬に抱きしめられているうちにユキジはぐっすりと寝てしまったらしく、すぴすぴと鼻を鳴らしていた。
「よし、私が朝食を用意してあげよう。ユキジほど上手には作れないだろうけど……」
今の職場に移ってからは時間に余裕もあるし、稼ぎも良くなったこともあって、家でそこそこしっかりとした食事をしている。とはいっても、ボロアパートのときから上手く食材をやりくりして、村瀬のためにと作っていたユキジの腕には敵わない。
それでもデートを楽しみにして眠りが浅かっただろうユキジに何かしてあげたい気持ちで村瀬はキッチンに立つ。
「ユキジはフレンチトーストが好きだったな……バゲットが一本あるからこれで作ろうか……でも食パンで作ったほうが柔らかいのかな、うーん」
村瀬はスマホでフレンチトーストの作り方を検索して、今回はバゲットを使うことにした。牛乳と卵と砂糖で卵液を作ってスライスしたバゲットをぎゅっと握ってから吸い込ませるように浸けていく。大きな気泡のあるバゲットはすぐに卵液を吸い込んだ。
フライパンを熱してバターを溶かすと最初は火が強くて焦がしてしまって、一度やり直すことになってしまったが……。
「タカオぉ、いい匂いする……」
「おはよう、ユキジ。お前の好きなフレンチトースト作ってるから顔を洗っておいで」
「フレンチトースト! うん!」
火加減に注意して全部焼き上げると皿に盛り付けた。フレンチトーストだけじゃなぁと、レタスのサラダにハムを乗せたものも用意する。メープルシロップなんて高級なものはないから瓶のままのジャムとボトルのままのハチミツをテーブルに置いて、生活感に笑ってしまう。
「タカオのフレンチトースト、いただきまーす」
「味はどうかなぁ」
「んっ。美味しいー。しみしみー」
どうやら美味しくできていたようで村瀬はほっとする。朝からの特別感はデートの日にふさわしい……そんな気分だった。