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16.君に愛を教えたい

 翌朝、狭いベッドの上……くったりと横たわっている村瀬をユキジが舐めていた。ユキジは人間の姿だというのに、つい本能で村瀬の項に噛み付いてしまったのだ。


「ごめん、ごめんね、タカオ。痛かったね……」

「バカだな、謝らなくていいのに」

「ちゃんと俺、ちんちんは人間のにしたんだよ……だから痛くしないから噛まなくてよかったのに。気づいたら勝手に噛んじゃってたんだ……」

「いいよ。これはユキジの印だ」


 項もあらぬところもピリピリしている。でも胸に広がっているのは幸福感しかない。自分がこんなことをするなんて夢にも思ってなかったのに……でもユキジと繋がった瞬間、確かに村瀬は嬉しくて感動して涙が出たのだ。


「それにしても、こんなもの・・・・・……いつから準備してたんだ? 知ってることにちょっと驚いた」

「それは先生に貰ったんだぁ!」

「はぁぁっ!?」


 村瀬も当然今まで買ったこともない『コンドームとローション』の出処が、まさかの先生でふわふわした気分は一気に現実に引き戻された。どういうことなんだと頭がグルグルする。


「先生がタカオに無理させちゃだめだよって教えてくれたんだ。猫のちんちんはトゲトゲが痛いからタカオとするときは人間の形にして、これをちゃんと使うんだよって――あばば」


 村瀬はユキジの口を押さえて黙らせた。あの人はユキジになんつーことを教えてるんだと頭が痛くなってくる。恥ずかしくてもう顔を合わせられないと、枕を引き寄せて顔を埋めて唸る村瀬。

 そして、それををキョトンとした顔で見ているユキジは無邪気に「どうしたの?」と聞いてくる。


「ユキジ、こういうのは『好き同士』で秘密にすることなんだよ。わかる? 私とユキジ『だけ』の秘密。先生には内緒。約束、いいね?」

「好き同士の俺とタカオだけの秘密だね! 約束する!」


 嬉しそうな笑顔を浮かべてユキジが激しく頷く。


 なんとかユキジに言い含めた村瀬だったが、どうせ先生にはバレるんだろうなと思い、恥ずかしさに身悶える。というか先生がそういう人だったなんて知らなかった。


 そして、最初の頃ユキジが警戒してたのはソレだったのかとやっと村瀬にも合点がいく。ユキジがやたらと村瀬に鈍い鈍いと言っていたのは、つまり先生は自分なんかを?

 いや、でもユキジにこんなもの渡すってことは……一体二人の間に何があったんだか。


 でも……とチラリとユキジを見れば、いつも以上に嬉しそうな顔をしているのだから、村瀬も「でもまあ、いいか」なんて思えてしまう。


「ユキジが来てから、私は幸せを貰ってばかりだな。ユキジは招き猫みたいだ」

「それもこれも全部最初にタカオが俺に愛情を向けてくれたからなんだよ? 俺はそれをお返ししてるだけ。空っぽになっちゃったタカオに、俺がこれからの時間を全部使って教えてあげる。どれだけ俺がタカオに救われたのか。俺はこれからもずっとずっとずーーっとタカオだけを大好きでいるよ。絶対絶対大事にするからね」


 そんなユキジの言葉を聞いて、久々にまた涙が溢れてくる。


 狭いシングルベッドの上でユキジに抱きつき、思う存分村瀬は泣いた。やっぱりまだまだ自分は愛され慣れてないとソワソワする反面、その言葉一つでこんなにも心を揺さぶられてしまう。


 きっとユキジが言うように空っぽになっていたんだろう。何もなくなってカサカサに乾いた村瀬の心を少しずつユキジが潤してくれる。

 今、まだ受け入れる準備の整っていない村瀬の心は、ユキジの愛情を受け止めきれていない。たっぷり注がれる許容量以上のユキジの愛情は、村瀬の涙となってこぼれていってしまっているが、全てを受け入れられる日も遠くはなさそうだ。


 ◇◇◇


「ここが今日からの新しい俺たちの家ー!」

「引っ越そうとユキジと決めてから随分かかっちゃったな……」


 なんだかんだとあのボロアパートから出るのも時間がかかってしまった村瀬だったが、ユキジがいてくれれば新しい一歩を踏み出すのはそこまで怖くない。


 村瀬にとって怖くてしょうがなかった未知の世界は、ユキジと一緒に新しく経験していくキラキラとした楽しいものになった。自分の気持ち次第でこんなにも未来は明るい。

 気づくのに時間がかかってこんな歳になってしまったけど、それでもこれからユキジと紡ぐ時間は十分にある。


「ユキジ……私を追いかけてきてくれてありがとう。あ……あ…………愛、してるよ。一生、私と一緒にいて、な」


 愛情を伝える言葉なんて使ったことのない村瀬のたどたどしい言葉は、それでもユキジには十分伝わった。今までで一番の笑顔と涙を浮かべたユキジは村瀬に抱きついて「嬉し泣きっていうのが俺にもわかった」と胸にすりつく。


 そんなユキジの額にそっと口づけを落とすと、村瀬はユキジと同じように今までで一番穏やかで幸せそうな笑顔を浮かべた。


 ~おわり~

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