「教えてください! その方法……!!」
目の前に降りてきた一本の綱を見るかのような目で見つめてくる幽霊に、すみれは言葉を続ける。
「それはな、幽霊ちゃん。……ずっと、太一と一緒に居続けることだよ」
「……え?」
幽霊は、キョトンとしていた。それもそうだろう。すみれの言う気持ちを知る方法というのは、今すぐにそれが分かるものだと思っていたからだ。
だが実際に提示されたのは、今までの日常を繰り返せという不思議な方法。目を丸くすることしかできなかった。
「いいかい? 幽霊ちゃんの抱いているその気持ちは、言語化することがとても難しい類のものなんだ。そして同時に、しっかりと自覚するためには年月を要する。太一とは出会ってから今日でどれくらいだ?」
「まだ、一ヶ月くらいです」
「まだまだ早いよ、それじゃあ」
この一ヶ月間、色々なことがあった。初めてのことを何回も、何回も太一と過ごしてきた。
しかし結局は、まだたったの一ヶ月なのだ。お互い初対面の男女がたった一ヶ月同じ屋根の下で過ごしていたというだけ。ただでさえ″そういった事情″に疎い幽霊にとっては、あまりにも短い月日と言える。
「幽霊ちゃんのその気持ちが何なのか分かるのは、もしかしたら明日かもしれない。一ヶ月後かもしれない。突然起こった出来事をきっかけに自覚するのか、それとも緩やかに少しずつ気付いていくのか。未来に起こることは流石の私でも、分からないからな。とにかく一緒に居続けることだよ」
「……」
幽霊は、黙ってその話を聞いていた。
太一とのこの先の事。ただの同居人として過ごし続けるのか、それともまた別の関係になってその先の日々を繰り返していくのか。
彼女には、どの未来もハッキリとは浮かばなかった。どれもが不明瞭で、ぼんやりとしている。
ただ、一つだけはっきりとしていることがある。
「すみれさん、私本当は少しだけ……怖かったんです。この想いの正体を自覚した時、私と太一さんの関係が良くない方向に変わってしまうんじゃないかって」
怖くて、蓋をして、それでも抑えることができなくてすみれに相談した。そして今、一番の心のモヤは消えた。
「すみれさんに言われて、太一さんとの未来を想像しました。それは確定していることなんかじゃなくてただの妄想でしたけど、断片的な太一さんとの全ての光景で二人とも……笑っていたんです」
どんな未来を想像しても、太一は笑いかけてくれていた。彼女も、笑い返していた。
この先の未来なんて誰にも分からないし、今の妄想の中で笑っていたと言ってもそれが確定した未来なんかじゃない。ちゃんと分かっている。それでも……
「太一さんとならこの先何があっても、ずっと笑い合えるという確信があります。だからこの想いが何なのか、知ることを恐れずにこれからもずっと一緒にいます。例え正体が分かっても、その先もずっと」
太一とずっと一緒にいたい。一緒に笑い合っていたい。それが、幽霊の一番の望みだった。
「……そう、か」
すみれは、そっと肩を撫で下ろした。
(驚いたな。幽霊ちゃんは私の思っているより、ずっと……)
子供っぽくて、臆病で。だけど誰よりも優しくて、強い心を持っている。それが彼女元来のものなのか、太一と過ごす日々の中で獲得したものなのかは分からないけれど。
すみれがどこかで落としてきた感情を、幽霊は確かにその小さな身に宿していた。
「羨ましい……な」
「え? すみれさん、今何か言いましたか?」
「ううん、何でもない。ささ、話は終わりだな。もう随分と遅い時間になってしまった。そろそろ寝るとしようか」
「あっ、すみません。すみれさん仕事でお疲れだったのに……」
「気にしないでいいよ。この疲れは幽霊ちゃんを布団の中でいっぱい抱きしめて治すから」
「う、うぅ……お手柔らかに……」
こうして太一の知らぬところで深夜の女二人の会話は静かに……終わりを迎えたのだった。