身体、も……?
幽霊の発した衝撃の言葉が、すみれの脳内で反響してリピート再生を繰り返す。
「ダメ、ですか……?」
いいわけがない。彼女が手腕を気に入ってくれたのは嬉しいが、身体をさらけ出して全て洗ってもらうなど、同性相手でもしていい行為ではないのだ。事実すみれも、頭以上のことは部活の友達ら相手にしたことは一度もない。
「せ、背中を流すくらいならいいが。前はちゃんと、自分で洗わないと……」
必死に理性と戦いながらすみれがそう返すと、幽霊は小さく頬を膨らませて振り返る。
あまりに全てが丸見えなままこちらを向くものだから驚いて後退りするが、すぐ後ろには壁。逃げ場はなかった。
「すみれさんのぽわぽわ、もっと感じたいんです。私の身体、本当に洗ってくれないんですか……?」
「お、落ち着いて? 分かった、背中と腕くらいまでならするから。だから前だけは────」
「……」
すみれの目を釘付けにするたわわ。それを無自覚に揺らしながら、幽霊はゆっくりと近づく。
はぁ、はぁと少しだけ荒い息は、幽霊の正気が完全に失われたことを表していた。
すみれの頭皮マッサージは、″気持ち良過ぎた″のである。
「すみれ、しゃん……」
「やめ、やめろ!? 幽霊ちゃん!?!?」
普段は冷静沈着な彼女も、これには動揺を隠しきれない。幽霊のあまりのチョロさと、意外な積極性。そして、その小さな身体から発せられる、謎の色気には────
◇◆◇◆
(幽霊さん、大丈夫かな……)
一方、その頃太一はというと、買収され幽霊をすみれとお風呂に入れてしまったことを後悔していた。
可愛いものには目がなく、暴走気味になってしまう姉。彼女の餌食になってしまっていないかと、心配で仕方がない。
「俺が、幽霊さんのむふふな写真なんかに釣られるから! あのクソ姉ちゃんめ!」
小言と自分を買収したすみれ、それにまんまと釣られた怒りの呟きをしながら、カレー皿を洗い続けている。当然、まさか幽霊が逆にすみれに迫っていることなど知りもせずに。
「はぁ。というか、そういえば二人とも遅いな? そろそろ様子見に行ってみるか」
二人が風呂に向かってから、今で三十分。湯船に浸かっているのなら分かるが、シャワーを浴びているだけにしてはあまりにも長い。幽霊で十五分、すみれで十五分だとしてもやはり長いのではないだろうか。
何か、間違いが起こっている気がしてならない。
と、お皿を全て洗い終えて元の場所に戻すところまで完璧に終えた太一がキッチンを動こうとしたその時。身体にバスタオルを巻いた幽霊が、リビングからひょっこりと顔を出した。
「あっ、幽霊さん」
ひとまずはほっとした太一だったが、目の前に現れた幽霊に違和感を隠しきれない。
勿論、バスタオル一枚で裸ギリギリなことも違和感と言えなくはないのだが。それ以上になんというか……ツヤツヤしている。
「太一さん太一さん! すみれさんは凄いです! 身体洗いの達人です!!」
「えっと? えぇっと??」
「幽霊ちゃん! まだ髪乾かしてる途中だっ……てっ」
「あ」
何故か満面の笑みでとても嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている幽霊を追いかけてきたすみれも、同じように格好はバスタオル一枚────ではなかった。
ピンク色の、花柄な上下セットで同じ柄の下着姿。突如現れたと思ったらそんな無防備な格好をしていて、太一は驚いて咄嗟に目線を逸らす。
「……さあ、戻るぞ幽霊ちゃん。ちゃんと髪、乾かさないと」
「ご、ごめん姉ちゃん。まさかそんな姿で出てくるとは思わなくて」
「いや、別に太一相手なら見られても問題はない。少しくらいは揶揄ってやろうかとも思ったんだが……生憎、そんな元気が残ってなくてな」
「一体何があったんだ?」
「聞くな。まああれだ。無邪気な好奇心は恐ろしいということがよく分かったよ」
「はぁ……?」
何を言っているのかさっぱりだった。幽霊が弄ばれて半泣きで出てくるのを想像していたというのに、現実では幽霊はピンピンしていて、逆にすみれが満身創痍。その上幽霊に至っては何やらツヤツヤしている。もうわけがわからない。
(何があったか詳しく聞きたいけど……ダメだ。姉ちゃんの目が何も聞くなって圧を醸し出してる)
何があったのかは後々幽霊に聞くとしよう。太一は心の中でそう決めて、腰元で未だに兎さんな幽霊を脱衣所へと先導するのだった。