それから数分後。
「……幽霊ちゃん、いつまで手で隠してるつもり? 女同士だしいいじゃないかぁ」
「は、恥ずかしいものは恥ずかしいんです! いくら女の子同士とはいえ、タオルも無しに裸なんて!」
身体を前傾姿勢にし、局部を両手で覆い必死に隠す幽霊に、すみれはため息をつく。ちなみに彼女も真っ裸なわけだが、隠すそぶりは一切無い。
何故なら、自身のプロポーションに自信があるから。普段の運動を欠かしていないからだらしない体型にもなっていないし、胸が小さいわけでもない。隠さなければ恥ずかしいという部分が無いのだから、堂々と見せても問題無いのだ(勿論、相手が女の子の幽霊だからだが)。
「幽霊ちゃんはもっと自信を持った方がいい。私がこれまで見てきた顔の中で間違いなく、君は一番可愛い。テレビなんかで見る芸能人も含めて、な」
「うぅ。褒めてくれるのは嬉しいですけど、私より可愛い人に言われても……」
「む? 今言ったのには私の顔も含めていたのだがな?」
二人の可愛いは、双極的な位置にある。
まずはすみれ。彼女の場合は「綺麗」、「美人」と言ったような、大人の魅力としての可愛さ。姉という立場でだけではなく見た目からもお姉さん感が漂っており、「かっこいい」と称する女性もよくいる。
そして幽霊。彼女の場合は「可愛らしい」、「抱きしめたくなる」と言ったような、若干子供寄りともとれる可愛さ。男からも女からも「守ってあげたい」と思われるような、小動物的な一面も持ち合わせている存在だ。
お互いに可愛いのジャンルが違うからこそ、相手の方が優れていると心の底から思っている。お互いに″持ち合わせていないもの″を、持っている相手だから。
「すみれさんはもっと自分が可愛い事を自覚してください! そんな、色んなところが丸見えで堂々としているなんてダメです!!」
「自覚しているからこそ堂々としていられるのだよ。さあ、幽霊ちゃんも可愛いんだから私と同じように────」
「無理ですッッッ!!!」
ぷいっ、とそっぽを向いてよくしたような小さな椅子に腰掛けた幽霊は、シャワーヘッドを手に持ってお湯の温度を調整する。もう早めにシャワーを浴びてしまって、なんとかタオルのある脱衣所に戻ろうという算段だ。
暖かいお湯が出始め、ちょうどいい温度になったところで壁にシャワーをかけ直して頭を濡らす。ザァァ、と激しい水音が狭い浴室内に響き始めると、二人の会話は消えた。
(すみれさん、諦めてくれたのかな……?)
頭上からお湯が髪の毛と一緒に顔を濡らし続けている状態。目に水が入るのが怖い幽霊は目を開くことができないので、手探りでシャンプーの入った容器を探す。いつも場所は固定してあるし、普段通りならすぐに見つかる。
「ん……あれっ?」
しかし何度ペタペタと壁付近を触っても、容器は見当たらない。不思議に思いながらも手探りでの捜索を続ける幽霊の耳元に、声が流し込まれた。
「身体を洗うのは任せてくれ。……私の手じゃないと満足できなくなるくらい、気持ちよく洗ってやろう」
「……へっ?」
ぬるぬるぬるっ。すみれは容器からシャンプーを左手の上に出し、両手でこねる。そしてよく浸透したその両手を、しっとりとお湯で濡れた幽霊の髪の毛へと伸ばした。
「あっ……ひぅ。んっ!?」
「さあ、頭皮の根元まで気持ちよぉくしてあげるからなぁ。じっとしてるんだぞぉ」
ゆっくりと細い指が髪の毛を掻き分け、根元に直接シャンプーと共に優しい刺激を与える。激しくするのではなく、緩やかに。頭全体を支配するかのようなマッサージ。
すみれ流、幽霊掌握マッサージの開幕である。