「ふぅ、ごちそうさま。色々と美味しかったぞ。ありがとう弟よ」
「……どういたしまして」
カレー間接キス事件。無防備幽霊と外野すみれによって起きたこの事件のせいで、その後の食事はまあ酷いものだった。
なにせ食事が進まない。太一も幽霊も互いに間接キスを意識してしまった事でスプーンを使いづらくなり、水を飲んだり様子を伺ったりしてしばらくカレーに全く手をつけることはなかった。
結局太一がスプーンの新品との交換を提案した事で解決したが、すみれには意味深なごちそうさまを言われる始末。普段はこういう言い回しには疎い鈍感な幽霊も、今回ばかりはほんのり顔を赤くして下を向いている。
「はぁ。とりあえず俺は洗い物してくるわ。姉ちゃんまだ風呂入ってないだろうし、行ってきたら?」
「おー、そうだな。ではお言葉に甘えて。さ、行こうか幽霊ちゃん」
「へ……? わぷっ!?」
いつの間にか幽霊の背後に移動していたすみれは、その小さな身体を脇腹から持ち上げて抱き抱える。どうやらそのままお風呂場に強制連行する気のようだ。
「は、離してください! 私は一人で入りますから!!」
「そう水臭い事を言うなよ。女同士、裸の付き合いといこうじゃないか!!」
「助けて! 助けて太一さんっ!!」
じたばたと暴れるも全く離してもらえる気配のない幽霊は、さっきまでの恥ずかしさなど忘れて太一に懇願する。
確かに、あのすみれと裸の付き合いなどさせては幽霊の身に何が起こるかわからない。止めるのが最善だろう。
そう思い動こうとした太一の耳元で、すみれが囁く。
「太一、もし邪魔をしないなら幽霊ちゃんのむふふな写真を撮ってくることを約束しよう。それで一つ、手を打たないか?」
買収である。
もうかれこれ幽霊と太一が同棲を始めて数週間が経過しているわけだが、二人に″そういった″進展はない。一度だけ大きく胸元を露出してしまった姿を見たことはあるが、写真を撮ったわけじゃない。
まあ要するに────喉から手が出るほど欲しい。
それにすみれが何をするかわからないとはいえ、二人が今から風呂に入るのであれば浴槽に浸かることはない。シャワーを浴びるだけならそれほど酷いことはされないのではないだろうか。
「さあ、どうする?」
「太一さぁぁぁぁん!!!!」
半泣きの幽霊の叫び声が響く。しかしこの男の脳内はもう幽霊がずれと入浴する前提での被害計算と、むふふな写真の内容についてでいっぱいだった。太一だって年頃の男。致仕方なしである。
「幽霊さん。……何かあったら、呼んでくださいね」
「よぉし! 行くぞ幽霊ちゃんッッ!!」
「んにゃぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
これから自分がすみれに何をされるか察してしまっている幽霊は更に暴れるが、その小さな身体では大人のすみれ(しかも空手黒帯持ち)には敵わない。必死に太一に目線を送っても、彼は既に買収されてすみれ側。打つ手無しだ。
「幽霊さん、どうかお達者で……」
そんな彼女を敬礼で見送り、太一は一瞬振り返った姉と無言のコンタクトを取ってからカレーの皿を片付け始める。
すみれは普段から信用ならないし、しょっちゅう揶揄ってきてウザい姉だ。しかし彼女の″実行力″だけは、信用できる。学校のテストや入試、部活の試合や日常生活においてすみれが行ってきたことを全て知っているからこその、家族としての信用だ。
「……さて、洗い物頑張るか!」
あとは、彼女に任せておけばいい。