それは、とある休日の深夜。十八歳、大学一年生の矢野太一がベッドの上でお楽しみ中だった時の出来事。
「さて、今日は誰にお世話になろうかなっと」
大学から近いという理由で選んだ小さなアパート。その一室で十八歳未満は見てはいけない″アレ″な感じのサイトを開きながら、太一は複数いるお気に入りの女の人の名前を打つ。するとちょうど今日に新作が上がったばかりのようで、思わず「ひゅぅっ」と機嫌のいい声が上がった。
「よし、今日はこれで決まりだな……ぐへへっ」
誰も来はしない部屋ではあるものの念のためにベッドの下に隠してある筒状の穴に手を伸ばし、ウキウキ気分で手に取って引っ張り出す……はずだったのだが。いつも場所は変えていないはずなのに、何故かどれだけ手を動かしても見つからない。
「あれ? おかしいな」
ひとまず動画の再生ボタンを押してから、身体を乗り出してベッドの下に顔を向ける。すると……
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……」
「……」
なんか、いた。長い黒髪で顔を隠し、なんともまあ分かりやすい白装束を見に纏ったデフォルトのめちゃくちゃ怖そうな奴が。
いや、確かに時間的には丑三つ時ってやつにはギリギリ入ってるし、電気代節約で部屋の電気は消してるけども。……え? 今なの?
なんてことを考えながら、ひとまずベッドの上に戻る。きっと見間違いだ。穴を探してる時に幽霊なんて出てくるわけがない。絶対気のせいだ。
「あ゛あ゛ァァァッッッ!!!」
「……」
にゅっ。出てきた。ベッドの下から右手らしきものが飛び出してきて、ちょっとずつ頭も。嘘ぉん。
そして、徐々に徐々にと全体像が露わになっていく幽霊を前に言葉を失った太一は、ただただその場で動けない。そうこうしている間にも幽霊は振り向き、彼のことを襲おうと────
「ぐがァアッッッ……ひゃぁぁぁっっ!?」
「ごめんなさい、マジで……ごめんなさい……」
お気に入り女優さんの喘ぎ声と幽霊の悲鳴が、同時に響いていた。
「あ゛っ、あ゛っ!? ふぁっ!?」
スマホの画面に映し出される、エッチな動画。それに加えて、既にやる気満々ビンビンでパンツ越しに主張する男のあれ。幽霊は交互に画面と太一のそれを目で追いながら身体を震わせると、やがて……ぺたんっ、とその場に尻餅をついた。
「あぅ……うぅっ」
前髪で隠れている素顔を更に手で覆い、耳まで真っ赤にしながら。幽霊は初めて見るその官能的な光景に脳をショートさせる。
見られた側の太一はというと、無言でそっと息子をズボンの中に仕舞い、スマホの電源を落としていた。
見た側と見られた側。お互いに言葉を無くす、それはそれは気まずい状況の出来上がりである。
(どうしよう、これ……)
ちなみに太一は大のビビりである。ホラーなんてもってのほか。テレビで怖い話のCMが流れるだけでチャンネルを変えてしまうほどの超絶ビビり体質。
だが、流石にこの状況で怖がることなど出来なかった。いっそのこと、スマホを叩き割って勢いで襲ってきてくれたらどれだけ楽だっただろうか。まさか、幽霊がエッチな動画を見て顔を赤らめるとは思っていなかったのだ。見た目はめちゃくちゃに怖いデフォルト型のくせに。拍子抜けである。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
しまいには幽霊のことを心配してしまう始末。だが声をかけてみても、幽霊はぷるぷると震えながら下を向くばかり。唯一今分かっていることは、明らかに隠れている顔は真っ赤になっているということだろうか。
そして、それが分かっているからこそ。太一はとんでもない行動に出た。
(ちょっとくらい、いいよな?)
長い長い前髪をかき分け、その素顔を見ようとしたのである。
世の中のこのタイプの幽霊は、大抵顔を見るとロクな事がない。石化させられたり、同じ幽霊の姿に変えられたり……その瞬間に、死亡したり。
だがこの男、十八年間ホラーの類の作品など見た事がない。つまりそんな常識など、頭に入ってはいないのである。
その結果溢れ出てきた余裕と共に、この凶行に走ってしまった。これには当然、幽霊も────
「え? はぅあっ!?」
抵抗、するはずだったのだが。気づいた時には時すでに遅し。余りある前髪を全てどけられた上に最後の砦である両手に手をかけられ、男の力で顔から剥がされてしまった。
「うわ!? めっちゃ美人!?」
「ひゃ、ひゃぅ……や、やめてくださいっ! 何するんですかっ!!?」
手を剥がした太一もびっくり。なんとこの幽霊、素顔は死ぬほど美人だったのである。
真っ白な肌に、ぱちくりと少し大きめな二重の綺麗な瞳なども相待って、その顔は太一が過去見た女性の顔で文句なしのナンバーワンを叩き出した。少し童顔ではあるものの、その下でしっかりと主張している双丘のおかげでギャップの機能を果たし、余計に点数は加算されていく。
「可愛い……可愛すぎる! 幽霊さん、お名前は!?」
「はへ!? ちょ、顔近いです! あと手、放してください!!」
「嫌です! 離したらその可愛い顔、また前髪で隠すじゃないですか!!」
「か、可愛くなんてないですから! 私は怖い、人を脅かす専門の地縛霊なんですからッッッ!!!」
ぷりぷりと怒りながら、必死に太一の手を振り払おうとする幽霊。が、その力はあまりにも非力で、到底男の力には及ばない。
「やだ、離してっ! わ、わわ私はその動画の人みたいに襲われるのなんて、絶対に嫌ですっ!! この強◯魔ァァァァァ!!!」
「違いますが!? というか、さっきまで襲おうとしてたのはそっちじゃないですか!!」
「は〜な〜し〜て〜ぇ〜ッ!!!」
これが、太一と幽霊の出会い。最高に間が悪い幽霊との同棲生活(?)の、幕開けである。