「まあいい。今日はお前に言いたいことがあって来た」
「な、何でしょう……」
顔だけをあげて、父はぶるぶる震えながらお祖父様を見ています。
「この館から出ていけ」
「……え」
「聞こえなかったのか、出ていけと言った」
「そ、それは…… ここは男爵家のもので。私が今は男爵で」
「この家はマニュレットのものだ。さ」
お祖父様は私をうながします。
胸元からロケットを取り出すと、中から薄い薄い紙に書かれた権利書が出てきます。
「これはこの館と土地の登記書だ。この家と土地の持ち主はマニュレットだ。そう娘が、マルゴットが書いて残したものだ」
「そ、そんな、登記書は…… そうだ、弁護士、弁護士…… いるじゃないか、うちに登記書があることを知っているだろう?」
「それっぽいものは、見たことがあります。ですが何処か違和感がありました。ただ、違和感の正体がつかめなかったので、とりあえず泳いでいてもらいました。そうこうするうちに、マニュレット嬢を使用人扱いし、そしてやがて、貴方の愛人の娘が社交界にデビューということで、マニュレットさんを追い出したのでしょう? 男爵家の娘は一人だ、ということで」
「おお、そう言えば、その寄生虫たちはどうした? いつもなら、ずいぶんときんきんとした声でわめいているということだが」
そう言って二階の、彼女達の部屋を見た時です。
「だめええええええ」
加減を忘れた様な声が響いてきました。
「……アリシアの声だわ」
私は白々しくも、そう言いました。
「アリシアというのは、こいつの娘だな? 見させてもらうぞ」
動けない父を尻目に、私達一同は、二階へと上がって行きました。
そしてまず声のする部屋を開けます。
「わあああああ」
どよんとした目つきの若い女が、両手に菓子を持って、ひたすら口に入れ続けています。
「アリシア? 貴女、アリシアなの?」
「わたし、アリシアだよー」
後は笑いながら菓子を食べているその姿は、かつてのスタイルを気にしていた彼女とは似ても似つかぬものでした。
そう、あの時食えるか食えないかの状況と孤独と絶望の中で、ただもう食欲だけが、彼女の頭を占めてしまったのです。
食欲と睡眠欲。
それだけが今の彼女の全ての様です。
そしてもう一つの部屋。
そちらの扉を開けると、途端に絹を裂く様な悲鳴が上がりました。
どうやらあれから、ロゼマリアはどんどん幻覚を見る様になっていった様です。
「よし、どっちの部屋の女も運び出せ。そしてそれ相応の病院に放り込め」
はっ、とお祖父様が連れてきた病院スタッフは、暴れる彼女達を拘束すると、そのまま階下へ、そして外に待機させている馬車へと積み込みました。