「おはようアダムズ」
「おはようございますお嬢様、いやあなかなか昨晩は大変でしたよ」
くふふ、とアダムズは笑います。
そう、さすがに致命傷になってはいけないので、アダムズの見回りの時間と合わせて今回のことは行ったのです。
昨晩、見回りのアダムズが、ベランダから何かに手首を縛られて吊る下がっているロゼマリアを「見つけ」ました。
すぐに男手が呼ばれ、彼女は引き上げられました。
ですが彼女の手を縛っていたのは、古い、色あせたリボンです。
そしてデルフィニウムが散らばっています。
無論私はちゃんと縄ばしごで降り立った天井窓から立ち去っています。
ちゃんと寝て、騒ぎの件は今朝になってから報告をもらうという次第です。
「いやもう皆これは前の奥様の幽霊だ祟りだなんだ、って大騒ぎで」
「そうでしょうねえ」
ふふ、と私も笑う。
「今日は戻るわね。そして最後の仕掛けを考えなくては」
*
「なかなか上手くいっている様ですね」
フレライ会計事務所に戻ると、ギルバート様がまだ少年の格好のままの私に近づいて来ました。
「ええ」
「でも、致命傷は負わせないんですね?」
私は首を傾げてギルバート様の方を見ました。
「徹底的ではない、とおっしゃいます?」
「いや、優しいなあと」
「そんなこと無いですわよ。だって、次に考えているのはちょっと致命傷になりそうなことですもの」
「それは物騒な」
そう言いながら、彼は8年前のショートブレッドを私に差し出しました。
「最終的には、家を没収することにするのは判っているのに、わざわざ痛めつけるのは残酷だと思います?」
がしがし、とショートブレッドを噛みながら、私は彼に問いかけました。
「さて。復讐というのはしたいと思う本人がそれだけの覚悟をもっているものなので、当事者ではない僕には何とも」
「私は残酷だと思う?」
「お嬢様!」
スペンサーが私に駆け寄ってきて、ぽんぽん、と背を優しく叩いてくれます。
「幽霊とかって言うのは――」
奥からフレクハイトさんが新聞に視線を送ったまま、声を上げます。
「見てしまうだけの何かが、その本人の中にあるからだ、ということだと私は思うがね」
「お嬢様、あの女が奥様の幽霊が出た、ということでパニックを起こしたならば、それはあの女の中にある何かに負けてるんですよ。私がもし奥様の幽霊に出会ったなら、お元気ですかと言います」
「……幽霊に元気も何も無いと思うけど」
「いずれにせよ、お嬢様が八年、それ相応の扱いを受けなかったことに対しては、私どもも腹立たしいのです。ですので存分におやり下さい」
そうね、と私は最後の仕掛けをする決意をしました。