「何だ騒々しい……」
父の声は非常に苛々しています。
相当かゆみは引いた様ですが、それでもまだ、不快感は続いている模様です。
ひっかくことはできないので、時々包まれた手で顔を叩いている様です。
そんな父の膝にロゼマリアはすがりつくと。
「貴方…… 貴方…… あの女の、マルゴットの幽霊が出るんです……」
「マルゴットの? そんな馬鹿な」
「嘘じゃありません、私…… 見ました。あの女が…… 廊下を歩いているのを…… それにこれ……」
デルフィニウムの花を彼女は父に見せます。
「これがどうした」
おや、父はどうやらお母様の好きな花すら知らなかったのですね。
なので少し先に分かり易く布石を置いておきました。
「無闇に庭に咲いていたので、庭師のアダムズに聞きました。これは前の奥方が好きだった花だ、と」
「……馬鹿馬鹿しい」
「貴方……」
父は自分の身体の不調だけで手一杯で、ロゼマリアの気持ちの方にまで頭が回らないのでしょう。
どちらも身体とか、どちらも気持ちや心の不調だったら、それぞれ同情しあえます。
ですが、この場合、どちらもどちらに同情できません。
と言うか、自分の辛さが判らずに別の判らないことで悩んでいることに腹立たしくなるのでしょう。
ふらふらとロゼマリアは自分の部屋へと戻って行きます。
すると廊下の窓から、別の棟の窓に、また古めかしいドレスが見えるはずです。
ええ、私はその場所にドレスをそれらしく置いていましたから。
彼女はそれを見て、向こう側の棟に向かって走ってくるでしょう。
その間に私は移動します。
彼女の足は私より遅いでしょう。
「――!」
廊下には、デルフィニウムが点々と撒かれているのですから。
「誰か! 誰か!」
「はい奥様」
「ここにこの花を撒いたのは誰?!」
「え? 何故こんなところに?」
そんな会話がドレスを回収して隠し扉に入る私に聞こえてきます。
彼女達の視線は花に集中していますので、窓へは移らないでしょう。
無論私も、誰かが見ていないか警戒はしています。
そして曲がり角を過ぎると、ドレスは既に無い、という訳です。
「……そんな」
「奥様、奥様もご覧になったのですか」
メイドはぶるぶると震えています。
「見たのかい、お前も」
「……はい、昔の格好をした女性が…… 私など居ない様にすっ……と……」
ロゼマリアは思いっきり力を込めて花を踏み荒らします。
可哀想なデルフィニウム。ごめんなさい。
でももう少し。
もうじき夜が来るわ。