お母様は使用人の中でもこの三人を誰よりも信用していました。
だからあの部屋のことを知っているのも、彼等だけなのです。
ナタリーは休憩をもらって、救貧院の庭のベンチに小さなトレイを持ち込んでお茶と小さな菓子を出してくれました。
そして私の服の襟元やスカートの様子を見ると。
「まあ、お裁縫の腕も上がりましたね」
お母様の時代と今では襟元や、スカートの広げ方も違っています。
十年二十年で形はがらりと変わるのです。
今はわりあいすんなりとしたものになっていますので、お母様の頃の腰を張り出した様な形を一度解いて、あまり無理のない様に変えました。
「そりゃああれだけアリシアの服やドレスにかり出されたらね……」
そして私は今回追い出された直接の原因となった出来事を話しました。
「まあ! そんなことが」
あはははは、とナタリーは露骨に笑いました。
「どうせなら、レモネードどころか濃い紅茶でしたらよかったのに!」
「さすがにそれじゃあ、仕立屋が可哀想よ。まあ他のドレスも用意していたから、アリシアにしてみれば不本意だろうけど、二番目に好きなもので行ったんじゃないかしら」
「一体あの方は何枚作ったのですか?」
「これからの社交界での活躍のために! って『とりあえず』五枚作ってたわ」
「とりあえずですか。まあ確かにそのくらいは必要ですが、正当な男爵家の娘のお嬢様を追い出しておいてそれですからねえ。腹が立ちますわ。で、私のところにいらしたということは、ついに動くのですね。私は何をすればいいのでしょう?」
紅茶のカップを両手で抱えながら、ナタリーもまた、にやりと私に笑いかけてきました。
「ナタリーには今はそれほど無いわ。でも私があの家を取り戻したら戻ってきて欲しいの。そして新たな使用人を!」
「ああ、今居るのは、あの男の元で働くことしか殆ど知らない者ばかりですものね。あのお優しい奥様のことなど全く知らない様な! 前の者を呼び寄せるというのは?」
「それはちょっと。あれから八年がとこ経っているのよ。もう結婚したり、してなくても別の家でメイドをしていたり。だったらもっといい方法が無いかと思って」
すると更にナタリーは実にいい笑顔になりました。
「実は私、ここでメイド教育をしているのです」
「メイド教育?」
「はい。とりあえずメイドに必要な事柄というものは、家庭に入ったとしても役立ちますし、今の世の中、何処だってある程度以上の家ならメイドは必要です。ですので、ここで暮らす若い貧しいけど工場勤めは嫌、という子達に、色々と教えているんです」
「まあ! ナタリーだったらきっと色んなことをきちんと教えているわね!」
ナタリーは当時、メイド長でした。
自身はともかく仕事が速く、しかも確実でした。
それでいて、それができない後輩に対してはおごらず、だけど甘やかすこともしなかったと記憶しています。
「人は使いどころですから」
ぜひ今度は全体を見渡す家政婦として取り仕切って欲しいものです。
でもまずは、お家を取り返すことです。