「いや、酷いですね、この使いっぷり」
私はマゴベイド男爵家がこの事務所に依頼している資産運用状況を聞きました。
「ここでは頼まれた通りのことをしているだけなんですが、何でこうも逆張り逆張りばかりなんですかね。そういうのは、そういう勘が無くては減らす分なんですが」
父は自分が働かなくていい様に、あちこちの事業に少しずつ投資をしているとのこと。
その配当で暮らしているのだということですが。
「今はいいです。ですが、まあ……」
「駄目ですね」
よく響く声が、すぐ後から飛び込んできました。
「やっぱりそうですかね、ライハートさん」
「うん。男爵家の今の当主は本当に先を見る目が無い。この先一年くらいで、急速に発展する分野が切り替わっていくのは目に見えているのに」
「そうなんですか? では今私がその分野に投資をしたら?」
私は首を傾げて訊ねます。
「素人が無闇にするのは駄目です。もし本当にきちんとした投資をしたいなら、下準備段階から詳しい人間をご紹介しますよ、マニュレット嬢?」
「ありがとうございます。……ライハートさん?」
「ああお嬢様、このひとはギルバート・ライハートさん。この事務所を共同経営者のフレクハイトさんと一緒にやっているんですよ」
スペンサーはそう私に説明します。
「そうなんですか! ということは所長……」
「いやいや、所長は向こうです。俺は叔父のザイベルトさんに誘われて共同経営者になった、会計士としてはまだまだの若僧です」
そう言ってライハートさんは笑います。
「そうは言ってもですね、このひとはちゃんと大学で経営学で論文を出しているくらいなんですよ」
「いやいやいや、実地に勝るものは無いですって。ところでマニュレット嬢、なかなか数奇な運命をたどっているとスペンサーさんから聞きましたが」
「数奇な運命」
ぷっ、と私は吹き出しました。
「よくあることだと思いますわよ。ただ、そこで捨てられて泣いて終わるか、それとも逆襲するか、の違いでしょうけど」
「スペクタクル!」
ぱちぱちぱち、とライハートさんは大きな手で拍手をします。
「なるほど。逆襲するのですね。でもその場合、武器は必要ではないですか? 仕込んでおいたものが、スペンサーさんだけ、ということだけではないでしょう?」
「母から受け継いだ資産が、隠して幾らかあります。とりあえず今日、街での行動のために部屋を借りたり、今時の服装に揃えたり、祖父母のところへ連絡を取って行くためこれだけ持っています」
私は財布を出して、ざらりと金貨を見せました。
「ああ、きっとそのままでは使いづらいでしょうから、何枚かは両替しますよ」
「ありがとうございます」
お母様は私に金貨で残してくれました。
これは、もし火事でも起きた時に、紙幣だと焼けてしまう可能性を考えたからです。
失火する可能性も、お母様は考えていました。
あのひと達をどれだけ信用できなかったかというのが判るというものです。