目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第160話 新しい店⑤大人なモデル達

 さて、少女達同様に新しい服を着て外を歩いてもらっている人々が他にも居る。

 まずは元の工房仲間だったアルカラやレダ。


「まさか貴女の服を着る羽目になるとはね!」


 そう言いつつも、ともかく分野が違うのだし、と二人は協力してくれた。


「そもそも私達普段の作業の時の服以外そうそう持っていないからねえ」

「普段着を作ってくれるなら助かるわ」


 紺屋の白袴、ではないが職人自体が自身のそれにはおろそかになることは往々にしてある。


「ポーレには帽子も頼みたいんだけど」

「帽子ですね。で、思ったんですが……」


 ポーレは話をそちら側からも進めて行く。

 彼女はテンダーの工房に移ってから、特に帽子や小物に力を入れだした。


「テンダー様の服は形が単純なことが多いから、小物は大事になると思うんですよね。それに私は大きなラインをどうこうすることは考えるの苦手ですから、こっちの方が合ってますし」


 帽子、造花、リボンで作る飾り、元々細かい作業がテンダーよりは得意な彼女である。


「それに1から考えるより、何かに合わせるものという方がやっぱり向いてますし」


 実際ポーレはその方面に才能を発揮していた。

 テンダーはどうしてもメインとなる服にばかり目も頭も働かせてしまう。

 生地や販売経路といったものも。

 エンジュやセレと情報や物や人材を行き来させて様々なことをするのはいい。

 だが大局ばかり見すぎて、その服に合わせるもののことはおろそかになりがちだった。

 ポーレがそれに気付いたのは、最初の数点、自分達で試し着してみる服を作った時だった。


 そもそもこの服に似合う靴はあるのか? 

 今手持ちにある帽子では帽子自体が主張しすぎないか?


 これはまずい、と思ったポーレは手持ちの帽子の装飾を一旦取り、その上に新たな飾りを付けた。

 だがそれでも服の生地と帽子の形や生地がそぐわない。

 そこで自身であれこれと模索しだしたのである。

 またもう一つ考えていたのは、自分が結婚してしまったら、という時のことだった。

 その場合、工房に通えない時も来るかもしれない。例えば子供ができるとか。

 そんな時にできる仕事として、小物は有効だった。

 そして自分が一つサンプルと作り方をまとめてしまえば、下請けに出すこともできるのだ。

 テンダーは上を見ればいい。自分は彼女の目に届かない場所を補完する。

 ポーレは口には出さなかったが、ずっとそんな気持ちでやってきた。

 とりあえず元の工房の仲間達は、外に出やすく、上着とスカートの組み合わせで着回しがしやすく、またほんの少しだけスカート丈を短く、膨らみを少なくすることで動き易いものを用意した。

 ポーレはそれまでより出てしまう足首への視線が行かない工夫をこらした。

 逆もまた然り。

 少女達のスカートも街を歩く同世代よりほんの僅か短いのだが、それを気にさせない程の靴下や靴への視線誘導をさせる様にした。


 他にはエンジュの編集部員達が居る。

 彼女達は常にごたごたとした部屋であちこちを移動したり外歩きをしたり、の繰り返しの生活を送り――わざわざスカートをつまんで足を動かす手間にうんざりしていた。

 無論、この足首を出すというのは、庶民の労働者の女性ならごく当たり前のことだ。

 だが編集部で働く女性はある程度以上の教育を受けている、なおかつエンジュの知り合いとなれば、ある程度の家の子女である。

 彼女達はもっと動きやすい服を着たい! と思ってはいた。

 だが周囲、特に身内の目が気になる。

 なので、ある程度それが世間に認められているものであるという事実が欲しい。

 そこで、ある程度の実力のある工房の新作、というネームバリューが欲しかったのだ。

 何とかそれに合致する服を手に入れた彼女達は、小ぶりだが頭をすっぽり包む帽子にリボンだけつけ、足取り軽く取材に出かけるのだ。


 そんな彼女達の行動もまた、テンダーの服の宣伝になる。

 実用的一辺倒だけでなく、マリナ等の女優の散歩着なども同様だ。

 ともかく「服を着て街を歩いてもらう」それが何よりも広告塔になるのだ、とテンダーは思い――それを実行していたのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?