「叔母様!」
「こらテンダー大声出さない!」
帰ってすぐ、工房の中の寝室に飛び込んだテンダーに、アルカラもやはり怒鳴った。
「二人とも!」
しーっ、とレダが二人を捕まえて騒がない様にと注意する。
「大したことは無いのよテンダー、ただもうちょっと歳かしら、無理がきかなくなって」
寝台の上に身体を起こしたカメリアは笑みを見せる。
「ちょっと仕事が立て込んだのと」
「ついついポーレが居ないと食事の支度もおろそかになった私達自身のせいでもあるし」
アルカラは苦々しい顔でそう告げた。
「え! そう言えば確かに何やらまた散らかって! ……ああ大変、何か作ります!」
ポーレは旅装をぱっと脱ぎ捨てると慌ててエプロンを付け、厨房へと走った。
「つまり過労…… ってことでいいんですね? よかった……」
テンダーはほっとする。
「でもな、いずれポーレさんも結婚したらここ出てくんですよね先生?」
後から入ってきたヒドゥンは首を傾げつつそう言う。
それは、と皆で顔を見合わせる。
「確かもう結構カナン女史の息子さんとお付き合いしている訳だし」
「そこなんだけど」
カメリアは一呼吸してから、皆の前で口を開く。
「私は今請け負った仕事を終えたら、引退しようと思うの」
「先生!?」
「叔母様!」
「この工房と顧客については、アルカラとレダが継いで欲しいわ。そしてテンダー、貴女そろそろ独立なさい」
「独立…… ですか?」
「そう。この工房の仕事は手を広げずに、アルカラとレダが今まで集中してやってきた貴族の令嬢や奥方のためのドレスを中心にやっていけばいい。そしてテンダーは自分で切り拓いてきた、貴族でも普段着だったり、街中の人々が少し贅沢をしたい、と思った時の服に集中するといいわ」
「で、でもそんな唐突に」
「私の中ではそう唐突ではなかったんだけど? だからこそ、貴女方の分担はそれなりに分けていたのよ」
アルカラの視線がやや不安げにカメリアとテンダーの間で揺れる。
「テンダーが姪だから継がせる、ということはしないわ。この工房はそれなりの人々が来られる様にしているところだから、逆にテンダーが主に相手にしたい客層には少し敷居が高いところもあったのよ」
ああ、とテンダーは頷く。
この工房に頼むには少し経済的に難しい、と考える女性が何だかんだ言って大半なのだ。
「テンダーはできれば庶民のお嬢さん方が少しだけがんばれば手に入る程度のものまで手を広げたいのでしょう?」
ええ、と叔母の言葉にテンダーは頷く。
そう、何だかんだ言って自分が作りたいのは畏まった場や夜会でのドレスではない。
できるだけ広い階層に渡っての、ちょっとしたよそ行きであり、普段着の方なのだ。
実際、セレのルートで何かと見せてもらえる新しい素材や、キリューテリャから教えてもらった南西の布工房のそれも、決して一流どころに使われるものではない。
だがだからと言って、最終的に出来た服の価値がもの凄く下がるという訳ではない。
ドレスはアルカラや、今までの工房が支えてくれればいい。
自分が作っていきたいのは、もっと幅を広げたものなのだ。
「できるでしょうか? 私だけで」
「何だかんだ言っても貴女はポーレは連れて行くでしょう? もしあの子が結婚したとしても」
「当人が望めば」
「二人とも頑固だし」
カメリアはくすりと笑った。
「けど叔母様、引退後はどうなさるおつもりですか?」
「私もそれが気になっていました。先生は引退したからと言って隠居なさる様な方とは思えません」
アルカラも真剣な表情で問いかける。
「第五で教えていた時のことを思い出してね」
そう言って後ろで聞いていたヒドゥンを見る。
「若い子達を育ててみるのも悪くはないと思うわ。官立の学校でなくとも」