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第30話 開演ベルは鳴らない

 だが、理解した事実がどんどん顔を熱くさせて、自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。雪の公園に沈黙が下りて、冬なのに暑い。


 ずっとあなたが好きでした。寿洸太が好きになったから。


 ミナトが言った言葉が真実なのだと、ようやく頭に手の先、足の爪先まで浸透して、クリスマスツリーを見たときのときめきのように胸がどきどきして全身が火照ってきた。モールのカウントダウンで消えたはずの初恋。それなのに、まだ物語の続きがあった。口からのぼる白い息を呑み込むように身を乗り出して尋ねてしまう。


「ミナト君は好きな人ができたって僕に遠回しに伝えてたの? クリスマスデートって今日僕と出かけることを指してたんだよね? だからどこ行くのがいいか僕に聞きたかったってこと? その髪は、僕のためにおめかししてくれたってこと?」

「伝えてたというか……先輩に内緒で先輩に告白する練習をしてたっていうか……」


 ミナトが軽く首を振ってため息をつく。


「書き込みの相手がオレって全然気づかねえなって思ったから、先輩が行きたいところにデートに行けばいいじゃねえかと思って……だから最後の質問の答えを知りたかったっす……今日のデートプラン、どうでした? 先輩が楽しめるプランにしたかったんすよ」


 ミナトがうなだれるように頭を下げる。すると短くなった髪が前へさらっと流れた。いつもきらきら光って見える金髪が毛先だけで翻って、やはりきらきらして見える。ミナトが寒そうに首を縮めた。右手が口元を隠すようにマフラーをあげる。


 ミナトの隠しきれていない耳の赤い部分を見ていたら、さらに胸がどくどくと大きな音を立て始めた。鼻先だけ冷たいのに顔がカッカと熱い。劇が始まる前と同じ胸の高鳴り。そして自分たちに当たっているスポットライト。


 開演ベルの時間だ。自分たち二人の物語が始まる。だが、ベルが鳴らない新しい世界の幕を上げるには、自分がきちんと言葉にしなければならない。


 オレの前で演技しなくていいよ。いつかこのベンチでミナトが言っていた言葉。ミナトが本音を話すべきだと最初に教えてくれた。だから、今ここで本音を言うべきだ。ミナトはそれを求めている。


「僕が」


 話し出すと声が震えた。腹に力を入れてぐっとくちびるを噛みしめると、目線だけでちらりとミナトが続きを促してくる。


「……僕が、返事をしなかったのは、ミナト君に佐藤さんとクリスマスデートに行ってほしくなかったから。遊びに行こうって言われて、本当はすごく嬉しかった。今日は改札前の登場シーンからかっこよすぎて完璧だよ。それこそ舞台の主人公が現れた感じでさ。映画も、UFOキャッチャーも、ウィンドウショッピングも、クリスマスツリーを見るのも、どれもすごく楽しかった。ミナト君とだから楽しかった。でも、正直つらかった。全部佐藤さんのためだと思ってたから。さっきまでの自分だったら別れ際にこう言ってた。ミナト君、明日のデートプランはばっちりだよって」


 洸太は勇気を出して笑った。


「僕も月はずっときれいだと思ってたんだ。今日のデートプラン、ばっちりだった。すっごく楽しかったよ!」


 最後のほう、声がまた震えてしまい、同じく震えそうな体にぐっと腹に力を入れる。ミナトがゆっくりとこちらを見て、口を小さくぽかんと開けた。


 いつだって人に話せない本音を言う相手はミナトだった。明日からもそうできるなら、それが一番いい。佐藤さんになれなくてもいい。ただ、ミナトの隣にいたい。


 暑くなった洸太はハイネックのジャンパーの上だけ開けて、中に締めていたマルチカラーのマフラーを外した。立ち上がり、ふわりとミナトのマフラーの上に被せる。


「髪が短くなったうしろが寒そう。風邪引いたらいけないからちゃんと温かくして。それから、僕は好きでもない人にカイロなんてあげないよ」


 マフラーを掴んだままそう言うと、腕の長さ分に近づいたミナトの顔がへなへなと下を向いた。


「……やっば。クリスマスプレゼントくれんのはサンタじゃなくて先輩だった……」


 だが、次の瞬間ミナトの両腕ががしっと腰に回って、ぐいと引き寄せられた。


「……嬉しすぎる。先輩の破壊力、ホント半端ない……」


 洸太は思わずははっと笑ってしまった。胸の位置にあるキャラメルの多い金髪プリンの頭を抱きかかえる。


「ミナト君、かわいすぎ! 顔見られたくないのをごまかしてるでしょ!」

「……すげえにやけてるから絶対見せられない……」


 胸元でミナトがもごもご言って、抱えた頭をぽんぽんする。そしてそこに軽く顎をのせた。ふっと息を吐くと、くらりと白いもやが上にのぼっていく。


 初めてこの公園で話した日の夏の湿気を思い出せる。半年間、ちょっとの時間を積み重ねてきたふたりの気持ちを話すには、この公園がふさわしい。だからミナトもここへ来ようと促したのだし、クリスマスツリーの前にいるときよりも胸が熱いのだ。


 洸太は涙をこらえて抱きしめる後頭部を撫でた。


「ミナト君、僕と付き合ってください。返事ははいかイエスでお願いします」


 するとこちらのダウンジャケットの腰を掴む手にぎゅっと力が入った。


「……うっす……」


 はいでもイエスでもない答えにまた笑い、ミナト君らしいなとまた笑ってしまう。多分、笑っていないと目から熱いものがこぼれそうだからだ。


「ミナト君、夕飯は家で食べる? もしよかったらファミレスでご飯食べない? 僕にとっては今ここからが正式なデートなんだ」


 するとミナトがぱっと離れて慌てて立ち上がった。


「行けます! でも、オレ、ここからノープラン」

「ノープランでも楽しければいいんじゃない? あ、ミナト君、今日ソータに変なこと言わないで。ソータ、僕がミナト君を好きって気づいてるっぽくて」


 するとミナトが「あ!」と持っていたバッグを広げた。そして「これ」とリボンでラッピングされた透明な袋を差し出してくる。中にはモスグリーンとベージュのブックカバーとお菓子が二つ入っていた。


「渡すの忘れてた。クリスマスプレゼントっす。こっちはお菓子」

「ブックカバー? すごい、文庫サイズと新書サイズだ。お菓子はマドレーヌ?」

「先輩、レモン味が好きっしょ。いつもレモン系の飲み物飲んでるし。だからレモン味で作ってみたっす」


 洸太はその言葉に驚いて顔をあげた。


「マドレーヌ、ミナト君が作ったの?」

「恥ずかしいから黙ってたんすけど、お菓子作りが特技っす。高校入って三日たってもクラスメイトが話しかけてくんなくて。怖そうに見えてんだなって気づいたんで、お菓子をいっぱい作って持っていったんす。それでクラスメイトと話すことができるようになりました。オレ、クラス専属のパティシエとして君臨してます。年明けはマカロンの予定」

「あ、文化祭でミナト君がオススメしてた本、パティシエが主人公だったよね。あの本、買ったんだよ。このブックカバーを使おうかな。ブックカバーはどうしてサイズ違いのを選んだの?」


 するとミナトもごもごと言った。


「弟先輩が先輩にブックカバーをプレゼントしたらって言ってたんす。コータは鞄に必ず一冊本を入れてる、文庫が多いけどたまに新書も読んでるって」

「え、ソータはなんでそんなことを?」

「……オレの気持ちもバレバレっぽい……」


 思わず「ソータのやつ」と赤面した。だが、袋を胸に抱きしめる。自分のために作ってくれたお菓子とブックカバー。世界で一番嬉しいクリスマスプレゼントだ。笑顔で顔をあげる。


「ありがとう! 大切にするよ」


 ミナトが頬を染めたまま破顔した。誰もいない冬の公園で、冷たい手を取る。するとミナトが握り返してきた。


 この大きな手で手をつなぐのは佐藤さんではなかった。佐藤さんなんて最初からいなかったのだ。名字を変えて佐藤さんになりたかったミナトも、ミナトに振り向いてほしくて佐藤さんになりたかった自分も、もうどこにもいない。きっとこの雪と一緒に消えていく。


「ミナト君」


 二重にマフラーを巻いたミナトがこちらを見下ろす。指先が少し温かくなってきた。指先の熱を分け合って、本音を打ち明けて、そうやって時間を進めていく。舞台の幕は上がったばかりだ。カーテンコールにはまだ早い。


「ホント、大好き!」


 洸太の額に真っ赤になったミナトのデコピンが弾けた。

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