「そう言えばミナト君はなんで髪伸ばしっぱなしにしてるの? 金髪に染め直さないの?」
するとミナトが痛いところを突かれたとでも言うように頭を掻いた。
「オレ、童顔だから、大人っぽく見られたくて中学の卒業式の帰りに染めたんすよね。そしたらめっちゃ美容院代が高かったんす。髪染めるのって大変なんだって思って、髪を切るのを諦めてお金を貯めようとしたんすけど、プリンになったらそれも大人っぽいからいいやと思って放置しました。で、現在に至るっす」
「中学の卒アルとか見せてよ。黒髪のミナト君を見てみたい」
「いや、マジでただのガキっす。身長と顔のバランスが合ってないんすよ」
そこでミナトが思い出したようにスマホを取り出した。
「スマホは高校に入学したときに買ってもらったんすけど、中学ンときのダチに写真もらった気がする……」
キャメル色のカーディガンの袖から出た大きな手がすっすっと画面をスライドさせる。するとすぐに「あ」と指が止まった。
「これ、中三の卒業遠足のときの写真っす。学ランだったんすよ。ほら、顔がすごいガキでしょ?」
そう言ってミナトが見せてきた写真では、五人の男女がテーマパークのモチーフの前でピースをしているものだった。中央に顔の小さいのっぽの学ランがいると思ったら、顔がミナトだった。
「え!」
洸太は思わずスマホをひったくった。二本の指で画像を拡大する。前髪センター分けのツーブロックのミナトは、韓流モデルを連想するようなハンサムだった。スッと通った鼻梁が目立つ甘いマスクの笑みを見て、つい顔をあげて本人を見てしまう。ミナトが目線をそらして顔の前で手をひらひらさせた。
「あんま見ないでください。マジで恥ずいっす。一年前のオレ、ガキなんで」
照れるミナトを見て、思わずスマホを握ったまま突っ伏してしまった。かわいすぎる。全然変わってない顔をガキだと言って恥ずかしがるのも、お金を貯めるために髪を切るのを諦めるという思考回路になるところも。外見を気にしているのかしていないのかさっぱり分からない。
ミナト君、やっぱりおもしろい。
ついぷはっと吹き出したら頭をぱしっと軽くはたかれた。
「自分だって髪の毛テキトーだったっしょ!? なんでオレのこと笑うんすか!」
ミナトが怒り出したので「ははっ!」とまたも笑い出してしまった。
「髪の色変えても顔は変わんないからね!? っていうか、すんごいイケメンでびっくりしたんだけど! めちゃくちゃモテてきてるでしょ?」
「モテた……か分かんないっす……中学のときに告白されたことはあるんすけど、いつも二週間くらいでフラれるんすよね。中身に幻滅したとか思ってたのと違うって言われるんすよ。オレ、そんなにやばいやつっすかね? 割と普通だと思うんすけど」
いや、普通とは違う。
そう思ったらまたもぷっと笑ってしまい、顔の赤いミナトから「歯ァ食いしばれ」と懐かしい言葉とともにデコピンをもらってしまった。ピンと爪の先が当たっただけのデコピンにまた笑うと、「もう!」とスマホをひったくられてしまう。
「あ、ミナト君待って! その写真ちょうだい! もう一回見たい!」
「絶対やだ! 先輩、これ見て笑う気でしょ!? あ、弟先輩に見せてふたりで笑うつもりだな!?」
「すごいイケメンだよってソータに自慢するからちょうだい」
「嘘つき! 絶対に笑うくせに!」
「ちょっとは笑うかも」
「ほら! そういうの、よくない!」
ミナトはそう言いながら鞄にずぼっとスマホを突っ込んだ。そして鞄に頬杖をつき、口をとがらす。耳が赤くなっていて、照れているのが丸分かりだ。最初の頃見下ろされて怖いと思っていたのはどこへやら、ただのかわいい大型犬に見えてきた。
「ミナト君、黒髪のほうが似合うんじゃない? いや、髪が短いほうがいいのかな。今はワイルドっぽさが前面に出てて、イケメンさがちょっと隠れてる気がする」
「……先輩はなんでそんなアドバイスしてくんの」
頬杖をついたままちらりとミナトが視線を寄こす。
「そりゃあ」
洸太はそう言ってから言葉が続かないことに気づいた。急いで佐藤さんの単語を引っ張り出す。
「そりゃあ、佐藤さんを万全のコンディションで迎えたほうがいいでしょ?」
「……ふうん」
ミナトが視線をそらし、気のない返事をした。
「参考に聞くっすけど、金髪と黒髪、どっちがよかったすか」
「今の長さなら黒髪に戻さなくてもいいんじゃない? 重ために見えそう」
「髪短くするなら黒髪ってことっすか」
「髪の短い金髪は見てないからなんとも言えないけど、少なくともあの写真はイケメンだよ」
「じゃあ髪短いのと長いのとどっちがいいっすか」
そう言われて洸太はミナトの頭のてっぺんから下まで見た。廊下で別の一年生とぶつかりそうになったとき、本を拾ってくれたことを思い出す。
「佐藤さんとの出会い方によるよね。今の感じで背が高くてちょっと怖そうに見えておいて、実は優しい人でしたってギャップは定番だよね。少なくとも映画や小説ではそう」
「……なるほど。優しいならよかったっす」
ミナトが小さく頷き、胸がちりっとした。優しいミナトに助けられて、念願の役を得ることができた。これから出会う佐藤さんもそんな優しさに救われるのだろう。
「でも、最初からあのイケメンっぷりを見せられて、一目惚れってこともあるかもしれないか。あ、分かった! 今の状態で佐藤さんと出会って、佐藤さんが今のミナト君に慣れたあたりで髪黒く染めて髪切ったらどう?」
そう、そうしたら、今画像を見た僕みたいにすごく驚く。好感を抱く。もっと深く知りたいと思う。だからきっと、未来の彼女の佐藤さんだってミナト君を好きになる。
洸太は胸のちりちりを無視してにっこり笑ってみせた。
「そうしたらギャップになると思わない? 佐藤さんを落とす作戦、完璧だよ」
「……なるほど。タイミングが肝心ってことっすね」
ミナトは考えるように口元に手をやり、また「なるほど」と繰り返した。そして頷く。
「オレ、先輩の髪に関してはミスったんで、自分の髪は間違えないっす」
「え、ちょっと、なんか失礼じゃない?」
洸太は抗議したが、ミナトはひとりで「なるほどね」と繰り返し、納得してしまった。そしてピーチティーを最後までごくごくと飲み、ペットボトルを空にする。
「つか、そろそろ先輩のから揚げがやばいっすね。おめでとうの話をするつもりだったのに話し込んじゃってすんません」
ミナトはそう言ってからスマホを取り出した。そしてカメラを起動する。急にカーディガンの腕が肩に回って、ぐっと引き寄せられた。
「髪切った先輩の写真をくれるなら、あのガキの画像をあげてもいいっす。オーディション合格記念、撮りましょ」
改めてオーディションのことに触れられて、つい照れてしまう。ミナトが斜め上に掲げたスマホを見て手で髪を整えると、ふたりとも笑顔で写真に収める。だが、撮った画像を見たミナトが「ホントだ、オレ、顔変わってない」と赤面したため、「やっぱり消す」「ちょうだい」の押し問答になった。
「先輩」
別れ際、ミナトがそう言ってこちらを呼び止めた。
「明日から眼鏡なしで登校してください」
「え? 眼鏡したほうがいいんじゃないの?」
「はいかイエスで答えてほしいっす」
「? はい。じゃあ新しいのは買いに行かない」
するとミナトは「やった」と笑い、スマホに写るツーショットを指した。
「明日もこの顔で登校してくださいね!」
駅のほうへ向かうミナトの背を見送ってから、改めて画像を見る。写真の隅に空のピーチティーが写っている。甘い香りが笑顔と一緒に閉じ込められていた。