モールを出ると雪が降っていた。ふわふわと綿が舞い降りてきていて、クリスマスの飾りつけが映える。雪が降るとかえって暖かくなると聞いたことがある。ミナトと雪が見られたことに少し胸が温かくなった。だが、ミナトは難しい顔をして駅へと歩いていく。
電車に揺られている間、ミナトは「今ちょっと考え中」と言い、赤い顔でなにやら考え込んでいた。公園に着くと辺りは本当にいつも通りで、土や植え込みが薄らと雪化粧している以外はクリスマスらしさも欠片もない普通の公園だ。
ミナトはまっすぐ東屋のほうへ向かった。壁に囲まれているため、風が遮られてちょっとは寒さはマシだろう。通りすがりの自販機に寄って、ミナトはホットのミルクティーを買い、洸太はホットレモネードのボタンを押した。ゴトンと落ちてきたオレンジの蓋のペットボトルを取る。屋根が少し白くなった東屋の中へ入り、ペットボトルをカイロ代わりに手を温めて、ベンチに並んでちょこんと腰かけた。
「先輩、そもそも論をいいっすか」
口火を切ったのはミナトだった。口から白い息が出る。
「クリスマスデートって二十五日限定とは限らなくないっすか? クリスマスイブかもしれないとは思わなかったんすか」
「一般的にはそうかもしれないけど、今日のクリスマスイブは僕と遊ぶって予定入れちゃったじゃん。だから、明日佐藤さんと行くデートの下見なのかと思ってたんだけど」
「……その佐藤さんってどこから来たんすか? オレ、佐藤さんを見つけたって言ってねえっす」
「口では言ってないけど、机に好きな人ができたって書いてあったから、念願の佐藤さんと出会えたんだって思ってた。違うの?」
洸太の言葉にミナトが目を丸くてこちらを見、途端に手で顔を覆った。
「ああ、そういうこと……やっと分かった……全部オレの書き込みが悪いじゃん……」
ミナトがはあとため息をつく。その口から細い湯気が立ちのぼった。白くくゆらせた煙は、誰もいない公園に溶けて消えてしまう。そこでミナトが左右に体を揺らして座り直した。緊張した口ぶりで言う。
「先輩、オレの五つ前の書き込みを覚えてますか。五つ前から最近のまで順番に正確に思い出してほしいっす」
いきなりお題を出されて洸太の頭の中が「えっ」と一瞬混乱した。
「順番に? 僕、思い出す映像は時系列じゃなくてランダムなんだよ。どれが五つ前とか分かんない」
木目のある机を思い描いていると、ミナトが「一番目は好きな人ができたとか書いてある書き込み」と言う。
「ああ、『こないだ好きな人ができた』ね」
「次はアプローチがどうのって書いたやつ」
「『うんざりされない程度にアプローチするにはどうしたらいい?』」
「次、デートに誘う云々」
「『ただデートに誘うだけでも喜んでくれると思う?』」
「次、楽しめる場所」
「『すでに行ったところでもまた楽しめる場所ってある?』」
「最後、先輩が返事くれなかったやつ!」
声がちょっと尖っていて、気まずさに声が小さくなった。
「『金曜が終業式、二十四日の土曜から冬休みだけど、クリスマスデートに行くならどこに行けばいい?』」
するとミナトが「そう、それ!」と大きな声を出した。こちらを見て噛みつくように言う。
「この五つを見て先輩は、オレが付き合いたい佐藤さんを見つけたと思って、それでデート場所を聞いてきてると考えて、二十五日のクリスマスにデートだと判断して、クリスマスイブの今日は明日のデートの下見って思い込んだってことっすね!?」
「思い込んだって言うか、そうじゃないの?」
ミナトの勢いに首を縮めてそう答えると、ミナトが「あーもう!」と短くなった髪を掻いた。そして、怒ったように「頭文字を全部拾ってみて!」と言う。
「今の五つ、順番に頭文字を拾ってみて!」
「頭文字……?」
脳内で五つの映像を思い浮かべて拾っていく。
こ・う・た・す・き。
「……え、はあ!?」
思わずミナトの顔を見上げたら、「ああもう……」とミナトが頭を抱え込む。
「書いてるのはオレだと知らないと思ってたし、ひとりで遊んでただけだけど……でもさ、先輩は全部覚えられるから気づいてくれっかなってちょっとは期待するじゃん?」
顔を手で覆うミナトを見てぽかんとし、我に返って「いやいや!」と思わず言い返す。
「頭文字を読むなんて気づくわけないでしょ!? ちょっと文章がいつもと違うなとは思ったけど! 言いたいことは直接言ってよ!」
「『ずっと前から月はきれいだよ』! はい、今直接言った!」
ずっと前からあなたが好きでした。ミナトが赤い顔でこちらを睨んでいる。
自分の部屋から見える半月を見ながら電話で話したとき、洸太がそのセリフの意味を教えた。あのとき部屋の窓から見た住宅街の明かりを思い出せる。だが、言葉の内容が頭に入ってこない。頬を冷やしていた空気もどこかへ消えて、時間が止まった。
ずっと前からあなたが好きでした? なんで。どうして。僕なんかのどこが? 僕はずっとソータの影の中でふてくされていただけだ。自分のやりたいことを言う勇気もなくて、ちょっと比べられただけで傷つく根性なし。勇気を出してやっと手に入れた役者もただの脇役で、目立つ存在じゃない。誰かに好きになってもらえるような、そんな特別なものは持ち合わせていない。まして、好きな人に好きだなんていわれるような奇跡を体験できるような、そんな人間じゃない。
ただただ唖然としてミナトを見つめ、ようやくこちらを睨むミナトが返事を待ち構えていることに気づいた。はっと我に返り、「それは使い方が違うって!」と慌ててかぶりを振る。忘れていた空気の冷たさと、徐々にあがる心拍数に頭がパニックだ。
「それは『月がきれいですね』の返事だから! 単体じゃ使わないよ!」
「えっ? あ、そうなのか! オレってホントバカ、っていうか先輩、意味分かってんじゃん!?」
「分かったけど、なんか違うかなと思って!」
「違っててもいいんじゃねえの!? 伝わったんだから!」
ぎゃあぎゃあと言い合い、ミナトがぐっとこぶしを握って叫んだ。
「佐藤さん探しはやめた! だって寿洸太を好きになったから! 男子が男子を好きになったらおかしい? きっと先輩以外はオレを変わってるって言う。でも、先輩はバカにしないと思った!」
そこでミナトが耳まで顔を赤くさせていることに気づいた。東屋の天井にある明かりがふたりを見下ろしている。
いつか頭の中でサス残しの照明の中に立つミナトを思い描いた。そしてもう一つライトが落ちた先に女の子が立つ様子も想像した。だが、違う。今、スポットライトを浴びているのはミナトと自分だ。
ずっと前からあなたが好きでした。脳内で舞台に立つミナトが言う。ミナトがそのセリフを言うのは明日で、相手は顔も知らない佐藤さん。そう思っていた。それなのに、今ミナトの目はしっかり自分を見ている。
「……ミナト君って、僕のことが好きなの……?」
ぽろりとこぼれた疑問に、ミナトは怒ったように「そうだよ!」と叫んだ。白い息にも構わずまくしたてる。
「先輩はオレの変な話も聞いてくれるし、勉強教えてくれて優しいし、一緒にいて楽しいし、読書量がすごいのかっこいいし、舞台の上の先輩はマジで輝いてたし、あと髪を切ってからポテンシャルを発揮しすぎて顔見るの大変! 髪切った日にここで撮った写真を見てめっちゃにやけてる!」
「えっと、でも、顔はソータで見慣れてるでしょ?」
「でも弟先輩は爽やか元気でいかにも弟って感じだし! 先輩は雰囲気かわいい穏やか系なのに中身がイケメンお兄ちゃんって感じ……っていうか、先輩はファースト飲み回しからオレに彼氏彼女相手みたいなことをしてくるよな! 最近もカイロを用意してくれるとか、マジでなに!? そういうの、勘違いされるから! 先輩のすることはギリアウト!」
「え、え? 僕そんな変なことした?」
だが、ミナトは顔を赤くさたまま膝に肘をついて顔を覆ってしまった。だが、赤い耳がぴょんと出ている。
「……あーもう、思ってたこと全部ぶちまけちゃった……いや、一つ言ってねえや。最後の机の落書きに返事くれなかったの、なんでっすか……ちょっとショックだったっす」
ミナトの言葉を反芻し、ようやくなにがすれ違っていたのか理解した。ミナトの言う「好きな人」は佐藤さんじゃない。自分だ。