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第25話 サプライズ

 翌日、待ち合わせの時間の十五分前に駅に着いた。改札を出たコンコースで手先を温めるようにカイロを指で挟む。人の行き交う通路は、赤、白、緑の三色に包まれていた。改札横のカフェの前には、顔の高さほどのクリスマスツリーが飾られてきらきらと光っている。街の装いはクリスマス一色で、洸太はその光にそわそわした。


 今日の服はブルーのボタンシャツの上にオフホワイトのセーターを重ねて、黒のハイネックのダウンジャケットを着た。寒くなったときのために、中にマフラーを巻いている。湊太より小さくて得をするのは、おしゃれな衣装持ちになるところだ。


 白い息を吐きながら乗り換え案内の看板を見、電車がやって来る音に耳を傾ける。「回送電車がまいります。ご注意ください」。そんなアナウンスが聞こえる中で、洸太はぼーっとしていた。


 昨日ベッドの中でなかなか眠れなかったから、少し眠たい。だが、洸太を眠らせまいと冬の凍てついた空気が頬を叩く。


 明日、ミナト君は佐藤さんと初デート。そう考え出すと思考がぐるぐるとしてしまう。ぐずぐずとミナトへの気持ちを諦められなくて、佐藤さんを紹介されるまで好きでいてもいいかななんて思ったりする。結局、気持ちの行き場は見つけられなかった。


 ぼんやりと人々を吐き出す改札を見ていたら、背の高いコートの男が近づいてきた。


「先輩」


 聞き覚えのある声にそちらを見上げ、ぽかんとした。登下校のときと同じネイビーのダッフルコートとボルドーのマフラーのミナトがいた。だが、その髪が短くなっている。


 見覚えのあるセンター分けの前髪に、マッシュルームカットに近いツーブロック。根元の黒の部分が長くなり、髪の毛先だけを金髪に染めているように見える。何度も眺めた、学ランを着たミナトの画像。そこから本人が丸ごと飛び出して目の前に立っているような感覚だ。


 重ために見えた目蓋は二重がはっきりして見えて、すいてある前髪からいつもならあまり見えない眉が覗いている。髪の黒い部分が多いからか、頭がいつもより小さく見えた。金髪プリンに出ていたやんちゃっぽさが消えて、おしゃれに染めているように見える。いつもよりずっと大人びて見えた。


「え、うそ」


 挨拶もなく思わず本音が口をついて出た。


「ミナト君、かっこよすぎでしょ……」


 急に顔がかーっと熱くなって、心臓がばくばくと音を立て始める。その音を漏らすまいとカイロを持った手を口元に当てる。だがミナトはこちらの言葉に赤面した。


「……感想を教えてくださいって言おうとしたら先に言われた……」


 え、すごい、かっこいい。いや、かわいい? どっちもだ。ああいいな、佐藤さんはこんな素敵なミナト君と一緒にいられるんだ。こんな素敵な人が彼氏になるなんて、ホント、すごく、羨ましい……。


 そこまで考えて、はっと我に返る。


「ミナト君」


 洸太は笑顔で拍手をした。


「サプライズ演出、完璧!」


 すると照れた表情でミナトが頭を掻いた。


「先輩がタイミングが大事みたいなことを言ってたから……クリスマスなのかと思って、昨日学校帰りに切ったっす。黒く染めるにはお金がかかると思って金髪も残ってますけど」


 明日のクリスマスデートに備えてってことか。洸太の腹の底が一瞬ひやりとしたが、にっこりと笑顔を作った。


「自分の髪は失敗しないって言ってたもんね! 有言実行だね!」

「失敗してないならよかったっす」

「大成功だよ、保証する!」


 そうかな、ならいいんだけど。小さな声で呟くミナトに「じゃ行こ!」と無理やり話題を変える。コンコースから出て駅前の道を映画館へと進む。


 今日は曇天で、街並みもなんだか寒々しかった。だが、街路樹の電飾がカラフルに光っていたり、どこからか流れてくるクリスマスソングが人々の声に混じったりして、クリスマスイブの高揚感が胸をざわつかせる。髪を切ったミナトの顔が見たくて、ちらちらと目線だけで盗み見た。


「ミナト君、今日は夕方から雪が降るかもって。モールの中で過ごすのは正解かも。明日も雪で滑ったらいけないし、気をつけて行ってきてね」

「っすね。冬のおでかけは映画がおすすめってネットに書いてあったっす」

「今日のは評判もいいしね。半券がコレクションに加わるかどうか楽しみ!」


 明るい声を出してテンションをあげ、スマホでQRコードを出す。映画館の入り口で半券をゲットすると、夏と同じようにパンフレットを買ってフードメニューのところへ行った。


「ミナト君、なに飲む? セカンド飲み回ししなきゃ」


 天井から吊り下げられたメニューボードを指さすと、ミナトが笑いながら「ホットのレモンティーにするっす」と言う。


「僕、なににしようかな。ミナト君、飲むならなにがいい? 炭酸は苦手でしょ? 前回はジンジャエールを飲ませちゃってごめんね」


 するとミナトは驚いた顔でこちらを見下ろした。


「オレ、炭酸が苦手って言いましたっけ」

「いや、言ってない。だけど、ファミレスのドリンクバーで炭酸は飲まないし、僕よりお代わりするくらい水分をとるのに、映画館のレモンジンジャーだけはちょっとしか飲まなかったから。違った?」


 するとミナトが短くなった髪を掻いた。


「先輩、エスパーっすね。炭酸が口と喉でぱちぱちするのが痛くて。消化器官がお子様っす。炭酸じゃなきゃ大丈夫っす」

「じゃあカルピスにしよ。ポップコーンは何味にする?」

「めんたいマヨっていうのが実は気になってるっす。先輩は大丈夫っすか」

「オッケー! なかなか食べられない味だし、それにしよ」


 またミナトがトレイにポップコーンと飲みものをのせ、洸太は自分のドリンクを持ってスクリーンに入った。隣の席に座り、ダウンジャケットを脱ぐ。早速ポップコーンに手を伸ばした。


 洸太は一口飲んでからカルピスのドリンクを渡した。ミナトも笑顔でレモンティーをくれる。一息つき、口をつける。熱い紅茶が喉の奥を流れていき、体の芯へ届く。なんだか思ったよりも甘い気がする。間接キスってこんな味なのかな。そう思っていると、ミナトがこちらを見ていることに気づいた。


「どうかした?」


 するとなぜかミナトは慌てたように「イエ!」と首を横に振り、ちゅーっとカルピスに口をつけた。髪が短くなって耳が出ていて、そこがちょっと赤い。外から急に暖かい映画館に入ったので暑いのだろう。


 しゃくりしゃくりとポップコーンを食べる。めんたいマヨはクレープのツナマヨ味を連想させる。そうやって思い返すと、ミナトとの思い出がたくさんあることに気づいた。


 キャラメル部分が少なかった頃の金髪のミナトと公園で話したことや、本屋で本を取ってくれたこと、ファミレスで勉強したこと、体育館のパイプ椅子に座って部活の光景を見てくれたこと、帰り道にいろんな場所へ行ったこと。それらがどれだけ貴重で大切な時間だったのか分かる。


 徐々に明かりが絞られる。暗闇の中でポップコーンに手を伸ばした手がぶつかって、ミナトがちらりと歯を見せて笑った。ぶつかった自分の指先が熱を持って、洸太はその指を握り締めながら映画を見た。

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