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第17話 オーディション-1

 翌朝、湊太のあとに家を出た。


 眼鏡なしで登校する通学路はなんとなく視界が広かった。いつも黒い縁が少しだけ世界を狭めていたことに気づく。花壇の植え込みに寄せられた銀杏ぎんなんの黄色い実もなんだか新鮮な色をしている気がする。木に絡まるツタも色を変えていて、風も心地よい。空も秋晴れで突き抜けるように高く、綿菓子をちぎったような雲を見ながらゆっくりと歩き、新鮮な気持ちで登校した。


 昇降口で既に登校している湊太の靴を見つつ、上履きに履き替える。そのすのこの音もいつもより半音高い気がする。足取り軽く、内心鼻歌を歌いながら普通科の教室前を通り過ぎて、特進科の教室前へ行く。すると、廊下にあるロッカーから教科書を取り出すクラスメイトを見つけた。


「おはよ」


 洸太が声をかけると、彼は驚いた顔をし、辺りをきょろきょろ見回した。


「どうかした? 兄貴はまだ来てねえと思うけど」


 クラスメイトの言葉に洸太はぽかんとして彼を見た。クラスメイトが訝しげにこちらを見ているので、湊太と間違えているのだと気づく。


 本当にソータに間違えられた。驚きに思わず教室を指す。


「僕、コータだけど。ここ、僕の教室」


 洸太が教室を指さすと、彼は目を丸くして「ええ!?」と叫んだ。


「髪切ったのか? てか、髪切るとそんなに似てんのかよ?」


 彼の大声に教室からなんだなんだと人が出てきた。クラスメイトたちがこちらを見て、考えるようにしてから目を見開く。


「ええ、コータ!?」

「眼鏡はどうした?」

「ホント最悪。眼鏡はソータが踏んづけてフレームが割れたんだよ」

「あ、話し方はコータだ。でも、すげえ似てる」


 そこへ「やってるやってる」と声がして、普通科のほうから湊太がにやにやしながらやって来た。


「ドッキリ成功した?」


 するとクラスメイトのひとりが「あ」とこちらを見比べた。


「並ぶと雰囲気違うな。ソータのほうが焼けてるし。身長も違うじゃん」


 湊太がふふんと満足げにこちらを見下ろしてきたので、むっとして睨み返した。


「僕はこれから伸びるから。ソータが先に伸びただけ。僕は遅咲きなタイプなの!」


 すると湊太が「ふーん?」と笑って頭のてっぺんをぽすぽすとタップしてくる。


「頑張って追いつけよ。俺はまだ伸びてるからスピードアップしねえと追いつけねえぞ。知ってるか? 男子の成長期はだいたい十七で終わりなんだぜ」

「じゃあ自分だって止まるじゃん! そのセリフ、矛盾だらけなんだけど」

「俺は去年三センチ伸びた。コータは何センチ伸びたんだよ」

「もう、うるさいな! 夕飯にから揚げが出たら、一個多く食べてやるから覚えとけ!」


 自分の頭にのった手をばしっと振り払うと、湊太はははっと笑い、「じゃあなー」と自教室のほうへ去っていく。教室に入りながら「あいつホント腹立つ」と愚痴ったが、クラスメイトたちはへえというようにこちらを見てくる。


 朝の会から話題は自分が髪を切ったことで持ちきりになり、一時間目にやって来た湊太も教えている教師には「びっくりした」と驚かれた。その中でも洸太は「そんなに似てるかな」と笑顔で答えることができた。髪を切って前の自分とは別れられたような、さっぱりとした気分だ。


 二時間目、古典で教室を移動すると、机にミナトの丸文字が書いてある。


『十月考査のテスト返ってきた。点数あがった。ありがと』


 ふふっと笑い、どういたしましてと書き込む。そこでちょっと思いついた。これまでミナトから質問されたことに答えるだけで、自分からは聞いたことがない。「身長ってまだ伸びてる?」と書く。


 放課後の掃除が終わると、いそいそとジャージに着替えてトイレで鏡を見た。口角が上がっている自分を見て、くせっ毛の髪を手ですき、よしと気合いを入れる。今日は次の劇のオーディションだ。そしてミナトが図書当番の日。つまり、一緒に帰る日だ。今日会ったときに「役をもらえたよ」と笑顔で報告したい。


 部活ではやはり部員に顔が似ていることに驚かれたが、洸太も湊太も「そう?」とだけ答え、体育館の床に座ってお互い台本を読むことに集中した。


 演劇部では配役を決めるとき、各自でやりたい役のセリフを読んでオーディションを行う。今回も主役にチャレンジするのは湊太だけだろう。だが、自分が狙うのは脇役で、何人か狙っている部員がいてもおかしくない。


 絶対に役を取られたくない。洸太はそっと部員を見回した。


 本当に舞台役者になるとしたら、オーディションなんて毎回のこと。その中で自分の役を取りにいかなければならない。今日、役を勝ち取って、幼い頃の嫌な思い出を払拭したい。ちらりと湊太を見れば真剣な表情をしている。ほぼ主役が決まっている湊太もオーディションで本気を出す。だったら自分はもっと頑張らなければならない。昨晩湊太と話しながら書き込んだ鉛筆のメモを見て、セリフを小さく呟く。


「はい、みんな揃ってるね」


 体育館の扉がガチャと開いて、顧問がやって来る。その手にまだ新しい台本が握られている。裏方しかやってこなかった自分が役を取れるかどうか、これは自分との戦いだ。


「じゃあオーディションを始めようか」


 顧問の声にみんなが「はい!」と立ち上がる。上履きがキュッと音を立てた。

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