やりきれない思いを勉強に注ぎ込んだあの日から、ボクはそれなりに勉強が好きになって、うっかり大学院に進んでしまっていたけど、そろそろ進路は考えないといけない。急にオレからボクになったこともゼミ生は何も気にすることもなく、ただボクに「なんか性格丸くなった?」って言っただけだった。むしろ教授とかは一人称が僕の人が多くて違和感がなかったらしい。
もちろん、繁華街のゲイバーとかクラブも行かなくなったけど、それで連絡が来ることもない。こんなに自分の変化って気にされないもんだったんだな。
「就職決まったんだって? おめでとう。ていうか、エリートじゃん」
「そんなことないけど。でも、就職したら今までみたいには会えなくなるかなとは思う」
「それなぁ……」
名の知れたその就職先が忙しいことは容易に想像がついたらしく、沢見がボリボリと頭をかく。
「メッセはするから。沢見……これからも友達でいて、ね」
ボクがなんとか言葉を紡ぐと、沢見はぐぅと唸った。眉間をぐりぐりと親指で揉みながら何か言おうとしてはやめてを繰り返している。さすがに沢見は会えなくなるだけで友達をやめようなんて言わないはずだ。でも少し怖い。
「なあ……もし、嫌じゃなかったら、うちから仕事に通わないか?」
「は?」
沢見は忙しくなったら食生活が乱れるかもとか、うちからなら通勤に便利だとか、なんだかんだと理由をつけてボクを説得しようとしてる。そりゃ、繁華街のここからだったら職場に行くのはすごく便利だ。だけど……。
「そこまでボクの世話を焼こうとしなくていいよ。もうあんな生活しないから。この何年かで落ち着いたでしょ?」
「別にそこは疑ってないさ。ただ……」
沢見がボクの心配をしてくれるのは正直嬉しい。両親以外でボクのことをこんなに心配してくれる人はいなかったから。けど、ボクのこの淡い恋心を知られないためには、きっと一緒にいないほうがいい。だから、仕事が忙しくてもいいかなって思ってたんだ。メッセージのやり取りなら気持ちを知られにくいはずだし。
「大丈夫、乗り換え一回だけだし」
「ああもう! 違う! ……俺が、会えなくなるのが嫌なだけだ。ごめん、恋愛感情抜きの友達って言っておいて」
「……」
待って。どういうこと? ボクはもう失敗したくなくて、頭の中がぐるぐるしている。
「手の平返したみたいになってごめんな。でも素のお前と接してたら、すごく純粋で可愛くて、いつの間にか手放したくなくなってた。軽蔑する?」
喉がカラカラだ。すがりつきたいのに動けなくてずっと自分の握りしめた手だけを見ていた。
「だよなぁ……。ごめん、こんなこと言って」
「ち、がう。びっくりして……」
ボクは沢見に好きって言っていいの? でも、冗談だったら? 影から撮影してる人が出てきたら……ふとそう考えてしまって後ろを振り返ると、沢見に引き寄せられた。
「二人きりのときによそ見しないでくれ。……俺、嫌われてないって、むしろ好かれてるとは思ってる。けど、お前が俺に恋愛としての好きって感情を持てるかどうかは別だから」
「あ、う」
どうしよう、どうしよう、胸が締め付けられるし、頭に血が上ってきてるのかクラクラするし、日本語が出てこない。なんでか知らないけど、見える景色がゆらゆらと歪んでいく。
「今はトイレには行かないでくれよ?」
「……ボク、で、いいの?」
「ばかだな。お前がいいんだよ。俺もつらい恋のあとずっと恋愛してこなかったんだ。でも、久しぶりに手放したくない子ができたの。俺もう若くないけど、受け入れてくれる?」
ボクは沢見に抱きついて声を上げて泣いた。もうトイレで声を押し殺さなくてもいいんだ。
そんなボクの顔を両手で包むように持ち上げて、沢見は軽く唇を触れさせる。今まで望まれるままにいろんな人にキスなんてしてきたのに、そのどれとも違う……キスってこんなに幸せになるものだったんだって初めて知った。
そのあと、ボクは沢見の自宅に連れ込まれて、つまり、その……誰にも触らせなかったボクの中を、ね。そこだけは正真正銘まっさらだから苦しかったけど、沢見はすごく優しくて、時間をかけてボクをほどいていった。
ボクは今、沢見と一緒に暮らしている。
一緒に暮らし始める前、驚くことに沢見はボクの両親に挨拶までしてくれた。ボクの荒れている時代を知っている両親は、今のボクがあるのは沢見のおかげだと知って、「うちの子をよろしくお願いします」って頭を下げたんだ。それで、ボクを除く三人で結婚の挨拶みたいだと笑ってたんだから、意味がわからないよ。ボクは恥ずかしいやら嬉しいやらで混乱しまくってたのに。
でもずっとずっとつらかったボクを支えてくれた大好きな人たちが、こうやって目の前で笑っていてくれるのはやっぱり嬉しい。両親が沢見を受け入れてくれたことも。
「大輝、今日も帰り遅くなる」
「わかった。気をつけてな。俺は閉店したらすぐ帰ってきて飯作って冷蔵庫に入れておくから」
「いつもありがとう。行ってきます!」
今のボクはつらいことがあっても大輝と分かち合うことができる。職場では男と暮らしてるボクを白い目で見てくる人もいるんだけど、それすら気にならないほどの大きな愛情で大輝はボクを支えてくれてて……。
ボクはそんな大輝にどれだけのお返しができてるんだろうって思うけど、大輝はボクがボクのまま幸せそうに大輝の隣で笑っていてくれるだけでいいって言ってくれるんだ。
やっと掴んだ本当の愛。だから、ボクは全身全霊で大輝を大事にするって誓う──。
──終──