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第4話


 今だって、目の前の男に泣かれているわけなんだけど、だからオレは何度も特定の相手は作らないって言ってるじゃん。お前はそれでもいいからって思ってオレを誘ったわけでしょ? そうやって誘った相手に一度でも抱かれたんだから、そこはむしろ感謝するところじゃないか。オレは一度は断ってるんだしさ。なんでオレが悪いことになるのか本当に意味がわからないんだよ。


 オレの中の『ボク』は好きだった男に手ひどく振られて、さらには笑いものにされたんだぞ? オレには一瞬でも『受け入れられた』みたいな思い出すらないんだけど? あのときの門前払いの拒絶感がひどくつらくて、だからオレは強引に迫られたら相手をしてきた。付き合えないもんは付き合えないけど、ヤるときは精一杯優しくしてきたつもりだ。なのに、これすら責められるのか……。


「話、平行線だから、もう終わりね。じゃ」


 泣いてるこの男にそう言って、立ち去ろうとオレが踵を返したら、後頭部にものすごい衝撃が来た。バッグに辞書でも入っていたんだろうかってくらい重い一撃にクラリとする。バリネコでも男は男だよなぁ……力つえぇって馬乗りされながら見上げていた。殴られるのかな……まさか、前に言われたみたいだ刺される、とか?


「はいはい、やめようね」

「なっ……沢見さん」


 オレに馬乗りになっていた男が仲裁に入った人間を見て声を上げる。沢見と呼ばれたやつは、いつぞやの食堂の男だった。ソイツはずっとこの街にいるからか顔が広いようで、ネコはそれなりに世話になったことがあるっぽい?

 ソイツはオレたちを裏口から店内に引きずり込むと、泣きまくるネコの話を聞いてなだめて、「どっちも悪い」って容赦なく一喝してくる。ネコは全然関係ない第三者、しかも世話になった知り合いに諭されて諦めたらしく、グスグスと泣きながらも帰っていった。そこだけはコイツに感謝だなって思う。


「だからやめろって言ったのに」

「アンタに何がわかる」

「さあ。詳しいことは何も。でも、君が孤独を抱えて苦しんでそうなのはわかるね」

「知ったようなこと言ってんじゃねぇよ……」

「たぶん、みんなそこそこわかってると思うよ。だから、自分こそがそこを埋めて特別になろうって君に寄ってくるんじゃないかな。気づいてないの?」


 孤独で苦しそうだって? オレが? そんなわけない。だって、オレは今まで上手に隠してきたはずだ。だから無口でクールなのがいいって言われてるんだろ?

 それにしても、男が好きと言えばいじめられ、拒否すればひどいと言われ、ヤッたらヤッたで責められるのか。


「オレは何をしても非難される人間ってことか。アンタもこうやってオレに親切にしながら内心笑いものにして蔑んでるんだろ」

「いや別に……。特にそこまで興味ない」


 ピシャリとソイツに言われた「興味ない」という言葉は、思った以上にオレの心をえぐった。

 オレは結局、自分が拒否されたくないから来る者拒まずをしていて、だけど、振られたくないから誰とも付き合わないようにしていた臆病者なんだ。それに気づいた途端、オレの中の『ボク』が泣き始める。どうやらコイツがえぐった先に『ボク』はいたらしい。中学生のままの『ボク』……ずっとオレの中に押し込められていた『ボク』。


「……ちょっと、便所、借りる」


 店のトイレを借りて逃げたオレは声を殺して泣いた。あの日と同じだ。ずっと強がって生きてきた『クズのオレ』の泣いているところなんて知られたくない。だから、あの日みたいに声は絶対に出しちゃいけない……オレは泣かない……ボクは、泣いてない。

 少ししてトイレから出れば扉の前にアイツがいて、あったかいおしぼりと冷たいおしぼりを押し付けられる。


「落ち着いたか?」

「……」

「交互に当てるといいらしいから使えって」


 あんなに必死に声を殺したのに、コイツにバレていたみたいで恥ずかしい。


「君はもう少し、普通の人間関係の作り方を学んだほうがいいね」

「そんなの知らない」


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