──ドスッ ドカッ
「ふざけんなっ! てめぇ、人の女に手を出しやがって、殺すぞ!」
オレは今、一度ヤッた女の彼氏と名乗る男にボコられている。抵抗しない人間に随分手荒にするもんだな……。ていうかね、誘ってきたのはそっちの女。オレから声かけるはずないじゃん。女だし。
相当迫られたからめんどくさくて相手したのにコレだよ。どこからバレたのか知らないけど、バレた女が適当にオレのせいにしたんだろうなぁ……ほんとクズばっかだよ。
「おい、やめろ!」
「無関係なやつは入ってくんな」
「あ? 警察呼ぶぞ」
「ちっ」
──ドカッ
男はオレに最後に蹴りを一発入れて走っていった。路地裏に脚を投げ出したまま座り込んでいると、仲裁に入ったヤツが声をかけてきた。
「おいおい……大丈夫か?」
どうやらそこに裏口のある飲食店の人間らしい。ゴミ捨てにでも出てきたのか、それともうるさかったからなのか、前掛けをつけたまま出てきたっぽい。なんの特徴もなさそうな、ごく普通の男。でもオレよりは年上だと見てわかる。
「騒がしくしてすいませんでした……すぐ帰るんでほっといてください」
「口の中切ってるっぽいし、そんな傷だらけで放置できないでしょ。もう閉店してるから中に入りな。簡単な手当しかできないけど」
「いや、だから……」
ほっといてくれって言ってるのに、おせっかいなソイツはオレを店内に招き入れた。そこはこじんまりとした食堂で、雑居ビルの一階にしては少々違和感がある昔風の造り。聞けば代々この辺で食堂をしていて、ここで食堂を続けるためにビルに建て替えてテナント料を取っているとかなんとか……。つまりこのビルのオーナーかよ。
「まったく。このへんは酔っ払いの喧嘩もちょいちょいあるけど、あんな一方的にやられてるのは初めて見たよ。なにかあったの? 場合によっては今からでも警察呼ぼうか?」
「いい。ある意味、自業自得なのわかってるんで」
「そう思い込んでるだけで違うかもしれないでしょ」
口の中はしょうがないけど、擦り傷なんかは消毒して絆創膏を貼ってくれた。怪我の手当をしながら随分と心配してくれてるのはわかる。けど、あまり人に話すことでもないと思って曖昧に答えていたのに、なんでしつこく聞いてくるかね……。どうしようもなくてかいつまんで事情を説明する羽目になったのは大誤算だ。
「君ねぇ、そういうのはやめなって……」
ソイツの目は少しばかり呆れた様子をにじませていた。憤るでもない、蔑むでもない、好奇心でニヤニヤしてくるでもないってのはちょっと久しぶりだ。
「でも別に、オレは女が強引に迫ってくるから相手しただけだし。なんでオレだけが悪者になるのかわからない」
「だとしても、だよ。いつか刺されても知らないからね」
それ以降は街を歩いていると時々ソイツを見かけた。いや、もしかしたら今までもすれ違ってはいたのかもしれない。知らない人間の顔なんて覚えてないからなぁ。ソイツはオレと目が合うと会釈をしてくる。ただ、それだけ。
オレは人を信用していない。あの告白事件以降ずっとだ。だから今だって「特定の相手は作らない」って出会う人出会う人に言っているんだから。この間のボコられ事件もそうだけど、勝手にすり寄ってきておいて、都合が悪くなるとオレのせいにするような人間ばかり見てきて、信用しろというほうが無理なんだよな。