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第2話

 あんな目に合うなら自分のことは喋らない、人を好きにもならない、そう……人と関わるのを最小限にすればいいって決めた。わかってくれる人なんていらない。そのかわり、誰にも踏み込んできてほしくない。オレ──『ボク』は封印した。アイツは弱いから──は毎日そう思いながら生活している。


 なんとか受験に成功したこの進学校。寮は二人部屋だったけど勉強ばかりしてて話さないやつと同室になったおかげで平和だった。自分のことを話さないかわりに、他人のことにも突っ込まないのを徹底した。必要最低限しか話さない生活は、寮でも学校でも外でも続けてる。だって、いつどこで誰が見てるかわからないんだから。


 そんなオレはなんでか無口クールキャラとして定着してきて、なんでか近隣の他校の女子に人気があるんだってさ。そんなこと興味はないんだけど、なぜか喋らないだけで男女問わず周りに寄ってくるようになってた。オレは寮に引きこもっていたいのに、オレを連れてくると女子が集まるからって使われるんだよね。

 いい加減にしてほしい……なんて内心思ってたけど、それすら言わない。それに、毎回毎回「オレは誰とも付き合う気はない」って言ってるのに告白もあとを絶たなかった。


 中にはそれでも一度だけでいいからって迫ってくるような人間もいてさ……。そんな女のひとりに無理矢理食われたのは本当に事故みたいなもんだった。ああいうのを女豹っていうんだろ? ヤッちゃえば付き合えると思ったとか、ふざけたことを言っていたから、「だから、誰とも付き合わない。人を好きになれない」って言ってお断りした。


 けど、昔と違うのはオレが断る側で、しかも周囲が敵にならなかったことだ。

 たださ、敵にはならなかったけど、オレの評価は『来る者拒まずだけど絶対に手に入らない男』になった。本当に、人間っていうのは勝手にラベリングしていくよね。あの純粋なころの『ボク』は好きになった男の子に愛されたくてしょうがなかった。そのささやかな夢を踏みにじってズタボロにしたのも周囲の人間なんだよ。だからオレは『ボク』を端に追いやって、夢を見ることをやめたんだ。


 オレは男だろうが女だろうが、ヤりたいと言われたらヤる。けど、決して好きになんかならない……なれない。ならないために絶対に抱かれる側になんかならない。それは『ボク』のものだから。高校大学とそんな生活を送っていたら、すっかりオレという仮面が貼り付いてしまった。あのころの『ボク』はどこに行ったのかすらわからないけど、探すだけ無駄ってやつかなって思う。


 大学を都会にあるところにしたのは正解だった。だってさ、都会ってびっくりするくらい色んな人がいて、ゲイも珍しくなんかないんだ。しかも地元みたいに閉鎖的じゃないから、いても「へー」で終わる。それを見て、オレはカムアウトが早すぎて破滅したんだなって思ったよね。聞けばみんな悩んで秘密にして、大丈夫なところに来てから自分らしく生きているらしい。誰もそんなこと教えてくれなかったな……これだから田舎はだめなんだ。


 そういえば、どうやら一部からはオレは『クズ』と呼ばれているみたいで、噂に聞いたときは笑っちゃったな。だって、クズって……自分でもそう思うしさ。だけど、もう傷ついたり落ち込んだりしないんだよ。この世の中、種類は違うけどクズばっかりなんだって理解しちゃったから。

 一方的に一度でいいからと迫ってきて、一度相手をしたらオレに「やり捨て最低」とか言って周囲に悪口言うやつも嘘つきのクズだし、それと一緒になって騒ぐやつもクズ。


 あーあ。アホくさい。


 あのトイレで泣いた日、オレは涙と一緒にいろんなものをトイレに流した。その最たるものが人を思う感情だけど……オレ自身を流せたら一番良かったのにな。


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