物心ついたときには同性が好きだった。初恋は幼稚園バスでよく隣に座っていたまーくんだ。幼稚園のころまではまーくんと結婚すると言っていても笑われることなんてなくて、周囲にも「可愛いわね」なんて言われていたのに。
小学生になったらまーくんにも「男同士は結婚できないんだよ?」って言われるし、クラスメイトにもからかわれるようになって、自分はちょっと変なのかもしれないって思うようになった。でも、持って生まれた指向性を捻じ曲げるなんてできなくて、どうしたら男の子に好きになってもらえるんだろうって悩むようになって……。
高学年になって第二次性徴のころになれば、そっち方面の知識もついてきた男子にいじめられることも増えた。オカマだのホモだのって言われるのはまだいいほうで、突き飛ばされたり蹴られたりすることもあった。小さいときは偏見なんてなかったのに、成長したら周りと少し違うだけでこうやっていじめられる。でも、中にはこんなボクにも普通に接してくれる子もいて、そんな人にボクが心惹かれていったのもしょうがないよね。
星崎くんは他の小学校出身で中学一年で同じクラスになった。周りはボクのことを噂していじってきたけど、星崎くんはそんなことなくて、他の人に接するのと同じように優しかったんだ。ボクが絡むことで星崎くんもいじめられたら嫌だから、必要以上に話しかけはしなかったけど、ずっと星崎くんの姿を目で追っかけてた。
「こんなところに呼び出してごめんね。人に見られたら困るだろうと思って」
「どうした?」
「あ、の……ボク、星崎くんのことが好きです。それを伝えたくて」
中学二年の終業式。夏休みを前にしばらく会えなくなるのが悲しくて、ボクはつい考えもせず勢いで告白してしまった。今も、どうして校舎裏に星崎くんと二人でいるのか混乱するくらい。付き合ってほしいなんて言わない。でも、星崎くんならボクの気持ちを笑わないでくれるんじゃないかって思ってた。
「無理。調子に乗んなよ」
「え……」
「周囲の評価のために普通に接してんのに、勘違いしてんじゃねぇって言ってんの。俺だって、お前がいないところじゃ笑ってんの。わかる? キモいから大人しくしてろよ」
眼の前が真っ暗になった。星崎くんは嫌々ボクに接していた……? あの笑顔も、あの優しい態度も。耳鳴りが酷くて地面が回ってるみたいだ。どのくらいそうしてたのか、気がつくと周囲には誰もいなかった。
そっか、ボクの勘違いだったんだ。こういう指向性も気にしない人がいるんだって思ったのが間違いだったんだよね。期待なんかしちゃいけなかったのに……。明々後日に登校日があるものの、夏休みでよかった。顔を合わせるのも気まずいし、この休み期間中に心を落ち着けよう。
……そう思っていたのに、登校日にボクは学年中から笑いものにされた。ボクが星崎くんに告白したことが広まっていて、その出所はあのときの告白を撮影された動画だった。
ボクが告白したところから星崎くんに「無理」と言われたところまでが拡散されていて、みんながニヤニヤと見てくる。あのときはいっぱいいっぱいで撮られたことも気づいてなかったよ。ていうか、こっそり呼び出したのに動画を撮られてるってことは、星崎くんが友達に話したんだろう。無理のところでブツリと切れているから、ボクがそのあとボロクソに言われたところは映ってなくて、これも星崎くんが噛んでるなってなんとなくわかった。
ホーモホーモと手を叩いて周りで騒ぐ男子も、シラを切り通す星崎くんもみんな消えちゃえばいいのに。ううん、消えるのはボクか。
よろよろしながらもなんとか歩いて、今は音楽室や技術室なんかの特別教室しかない旧校舎に入ると、ボクはトイレの個室にこもった。面白がって着いてきて上から覗き込んだりドアを叩いたりしていた男子も、鐘がなったら教室へ帰っていった。静かになって、やっと……ボクは声を殺して泣くことができたんだ。
それからは中学校に行くことなんてできなくて、親は困っていたみたいだけど諦めてくれた。だって、制服を着て玄関に立つと、血の気が引いて吐いちゃうんだから何もできないよね。
登校拒否をしている間、ボクはボクを知らない人しかいないところに行きたいって思うようになったんだ。本当は高校も地元の公立に行こうと思ってたけど、両親と話し合って遠方の高校も視野に入れた。全寮制で中高一貫じゃないところって意外と少なくて、でも親としては一人暮らしをさせるなら寮があるところって言うからボクは必死で勉強した。希望に満ち溢れた受験勉強じゃなくて、周囲への恨みを燃やしてその熱量で動いていると言ってもいいくらい。学校に行かない分、一日中勉強ばかりしてオンライン形式の塾も受講させてもらってる。ボクは絶対に地元を離れるんだ……。