隼人が嫌がっているの分かっていたが、私は接客の面白さに気がついた事もありカフェのバイトを始めることにした。
開店前のカフェの席に座り、店長の柏木さんと向かい合う。かなり広くオープンテラスもある開放感のあるカフェなのに、男の人と2人だと思うと動悸がした。
「ルリさん、11時から20時まで入って頂けるとありがたいのですがどうでしょうか?」
隼人を迎える準備をする事を考えると17時には家に戻りたい。隼人とはもう無理だと思いながらも、私は気がつけば隼人のことを考えていた。
反射的に隼人を中心に考えてしまうのは、7年間彼のことばかり考える生活を送っていたから仕方がないのかもしれない。
「16時までが良いのですが、難しいですか?」
私は隼人の事はもう好きじゃないはずだ。彼とは別れるつもりなのに、隼人が落ち込んで私のところに来たら慰めてあげたいと思ってしまう。彼は周囲からは完璧に見られているが、完璧な人間などいない。彼が弱さを見せられるのは私しかいない。
「えっ? いや、じゃあ16時までで。今日だけでも20時まで入ってくれると助かります」
「はい、では今日だけ20時までと言う事で宜しくお願いします。」
今日までは他の店員がダウンしているらしく、私と店長の二人のようだ。
「それから、時給ですけど試用期間の3ヶ月は1500円でその後は1800円になります。少ないですよね⋯⋯」
「いえ、お金が頂けるだけありがたいです。7年も働いてないのでお役に立てるかどうか⋯⋯」
「昨日のルリさんは高級ホテルのような優雅な接客でしたよ。バッチリです」
それは、7年間CAをしていた瑠璃だからだ。
「至らないところばかりだと思いますが、私なりに精一杯頑張りますね。よろしくお願いします。店長」
「ルリさん、店長ではなく出来れば柏木さんと呼んでくれた方が嬉しいかな。礼司って名前で呼んでくれても良いですよ」
「はい⋯⋯」
柏木さんは私との距離を詰めようとしている気がする。彼と働くのは隼人が嫌がるかもしれない。
雇用契約が終わり、立ち上がった私に柏木さんが腰からつける短めのカフェエプロンを持って近づいてくる。
彼はカフェエプロンを私につけようとしてきた。
「私、自分でやります」
「僕にやらせてください」
彼の手が私の腰に回りエプロンの紐を後ろで交差した瞬間、彼との距離が近付き私の体は硬直した。彼は私のおへその辺りでリボン結びしてるだけなのに、私は息ができないくらいの恐怖に襲われる。
「腰、細いなー、少し力を入れたら折れちゃいそうですね」
「お、折らないでください」
私が柏木さんの言葉に恐怖を感じるのは私が変だからだ。せっかくもう一人の私が決めてくれた仕事なのだから、しっかり頑張りたい。
「折らないですよ。僕はルリさんに優しくしたいと思ってます。はい、できました。エプロン、凄い似合いますね。可愛いです」
柏木さんは私に顔を近づけてにっこりと微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
ただ柏木さんは褒めてくれているだけなのに、「可愛い」と言う言葉に身震いしてある私は明らかに正常ではない。
開店し忙しなく働いていると、気持ちが落ち着いてきた。
店を覗いている30代くらいの女性がいる。
「柏木さん、あの方は何か御用でしょうか?」
「昨日ルリさんがバトっていた真咲社長の婚約者の大河原麗香さんです」
瑠璃と彼女の間で何があったかは分からないが、話しかけた方が良さそうだ。
私は小走りで大河原さんに近付いた。