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第39話 戻らない恋心

 翌朝、隼人から電話が来てバイト先に行く前にモーニングに行かないかと誘われる。


 隼人からの誘いを断ろうかと思ったが、散々お世話になってきといてそれは薄情過ぎると思い直した。


 場所は隼人と私が初めて会った場所。

 普段はランチタイムから開店しているというレストランは今は貸切状態だ。

 初めて隼人とここで食事をした記憶が蘇る。


 中世西洋のような内装のレストランで、私にピンクダイヤモンドのネックレスを掛けた彼を王子様のようだと思った。


 あの時と同じように彼は私を優雅にエスコートし、席に座らせてくれる。

 私が席に座ると、彼は柔らかく微笑んだ。

 私は彼が笑顔になると天にも昇りそうな程に嬉しかったはずなのに、今は何の感情も湧かない。


 今日はシェフ自らが料理をサーブしてくれた。

 テーブルの上に出されたのは、見覚えのあるパテにグリーンサラダを添えたお皿だった。


「あの時のパテだ! 美味しそう。頂きます」

 私はそっと手を合わせてナイフとフォークを取る。


「覚えていてくれたんだ」

「覚えているよ。隼人としたことも、隼人が言った言葉も全部。本当に好きだったから」


「ごめん、結婚は会社の為にするなんて言ってなかったよな。ルリなら許してくれるって思ったんだ。会社の利益なんかより、ルリが一番大事だったのに」

「ふふっ言ってなかったね。正直に謝ってくれてありがと」


 私がお礼を言うと、隼人は戸惑った顔をした。

 お礼は言えるけれど、彼を許すとは言えなかった。


「結婚しないってわかってたら、ルリは僕と付き合ってないよね。騙し討ちみたいな真似をして振られるのは当然だ」


「確かにそうだけど、私はずっと隼人の存在に助けられて来たから、それはもういいよ」


 隼人が紡ぐ謝罪の言葉を聞いても、私は彼と関係を再構築したいとは全く思わない。


「ルリ、帰りも迎えに行くからバイトが終わったら電話して」

「隼人、仕事は? 私は電車で帰るから良いよ」

 距離も短いし電車に挑戦してみたかった。

 もう一人の私の体で飛行機という逃げ場のない乗り物に乗れた。電車に乗るハードルは自分の中で低くなっている。


「ルリ、電車は苦手なんじゃないの? 勝手だけど、ルリに他の男の車に乗って欲しくない」

「私、電車苦手だって言ったっけ?」

「最初に会った時、銀座から上野まで歩くと言ってたから。ルリは閉塞感がある場所が苦手なのかと思ってた」

 私は隼人が開放的な部屋をプレゼントしてくれた理由に気がついた。

 そして、隼人はどうして電車が苦手なのかを今まで聞かないていてくれた。

 本来ならどこの大学に行ってたのかとか、親の職業とか根掘り葉掘り聞かれてもおかしくない。

 隼人は7年間、私が聞かれたくないことを察して聞いてこなかった。


「お迎えは流石に頼めないよ。隼人は仕事を優先して!」

 女好きな男だと世間では思われている彼だが、私は彼が何よりも仕事優先な人間だと知っている。


「仕事なんかルリに比べればどうでもよかったんだ。何で気が付けなかったんだろう。別に誘拐したりしないから、できれば夕ご飯を一緒に食べたい」


「必ず家まで車で送るから、一緒にご飯を食べましょう! 僕は怪しい男ではありません。今、ルリさんが見ていたお店を経営している真咲隼人です!ってやつだね」


 私は出会った時に隼人が言った言葉を暗唱して見せる。

「7年も前、僕が言った言葉まで一語一句違わず覚えていてくれてるんだね。ルリ⋯⋯僕の前では、もうバカなふりはしなくて良いんだよ」

「えっ? バカなふりなんてしてないけど! 私バカに見えてた? 確かに隼人の事好きすぎてバカになってたかも⋯⋯」


 勉強ばかりしてきた人生で初めての恋に浮かれていたかもしれない。

 私は四六時中隼人の事を考える生活を7年もしてきた。良い年した大人なのに振り返ってみると非常に滑稽だ。


 デザートの後に、お皿に載せた指輪のケースがくる。隼人は席から立ち上がると跪いてケースを徐に開き指輪を取り出した。

 昨日無色透明なダイヤモンドじゃなくてピンクダイヤモンドの指輪だった。


 彼は私の目を見据えると、その指輪を左手の薬指に嵌めようとしてくる。

 指輪のサイズはおそらく昨日と違って合っている⋯⋯でも、そういう問題ではない。


「隼人、ごめん、指輪は受け取れないよ。私、隼人の事もう好きじゃない。だから、結婚できない」

 私は自分の左手を右手で咄嗟に覆って、彼に指輪を嵌めさせなかった。

 以前のように盲目的に彼を求めていた気持ちは二度と戻って来ない。


 辛く苦しんだ時間を思うと目の前の男と一生一緒にいたいと、もう思えない。


「分かってる。指に嵌めなくても良いから、ルリに僕があげた指輪を持っていて欲しい」

 隼人が縋るような目で私を見つめてきて、その姿が苦しそうで彼がとても傷ついているのが分かった。

「私、隼人にたくさんお世話になったのに、昨日も酷いこと言って傷つけたよね。穢らわしいなんて人に言っていい言葉じゃないのに、感情を抑えられなかった。隼人にはもっと私より相応しい子が⋯⋯」

 私がなかなか指輪を受け取らないので、隼人は指輪をケースごと私のバッグに入れてきた。


「ルリに相応しい男にならなきゃいけないのは僕の方だ。それに先に傷つけたのは僕の方だし、昨日の言葉はまだ優しかったと思うけど?」

 隼人が少し笑ってて、私は瑠璃がもっと隼人にキツイ言葉を浴びせたと判断した。

 瑠璃は棘のある言葉でも、思ったことをはっきり言う。

 だからしっかりと須藤聖也も拒絶できたのだ。


 隼人はもう一度好きになって貰えるよう頑張るし、自分には私しかいないと何度も伝えてきた。

 私は瑠璃に刺激を受け、我慢してばかりでなく隼人に言いたいことを言おうと思った。


 「今って、私の気持ちより仕事の利益を優先したけれど、私が離れそうになったら焦ってプロポーズして来てる状況で当ってる?」


「⋯⋯そうだよ。最低だな」


 隼人が苦しそうな顔をしていて、彼を衝動的に抱きしめて慰めてあげたくなる。でも、客観的にみれば彼のした事は最低だ。だから、今私が彼をギュッとしたいのは、彼を愛してるからではなく染みついた反射的な行動だろう。

「ご馳走様でした。私、もうバイトに行くね」

 私はバッグから先程の指輪のケースを取り出しテーブルに置くと、振り返らずその場を去った。


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