私はマンションを出たところの防犯カメラの死角で別世界の森本瑠璃の元に行っていた。
自分の世界に戻ってくると、そこかしこに警察官がいて大捜索が行われていた。
私を発見したと聞き、汗だくて必死に駆けつけてくる隼人が見えた。
抱きしめようとした彼を私は咄嗟に避けた。
(隼人への気持ちが残っている気がしたけど気のせいだ。もう、彼とは無理だ⋯⋯)
「心配かけてごめんなさい。もう急にいなくなったりしないから部屋に戻って話そう」
私の部屋に移動すると、いつものように隼人はソファーに座る。
彼がソファーに座ると私はいつも彼の隣に座った。それは2人の暗黙の了解だった。
彼は私が隣に座るなり、太ももに顔を擦り付けてきて可愛く甘えてきたものだ。
今はとてもじゃないが、隼人の側に行きたいと思えない。
私は彼から離れたダイニングにある椅子に座った。
私は隼人に正直な気持ちを伝えることにした。他の女と結婚するのに自分と関係を続けたいといった隼人を穢らわしく思い、そんな彼と接するたびに自分を嫌いになったこと。もっと前段階で伝 えておけば、お互い歩み寄れたかもしれないが今は直ぐにでも彼と離れたい。
頭がぼんやりとしているけれど、伝えるべきことを伝えて彼との関係に区切りをつけた方が良い。
もう一人の私と話したことで私も決心できた。
私をじっと見つめる隼人の瞳を見つめ返しながら私はゆっくりと口を開いた。
「私ね、平気で不倫ができる隼人を穢らわしいって思った。もう、今の私は隼人の事を好きな気持ちもなくなってるの。お金がなくても誠実に私だけを愛してくれる人と一緒にいたい。今の隼人といると死にたくなる。それに、私が隼人以外の男の人に恋をしたのは本当のことなんだよ。私は隼人の思うような一途な女じゃない。自分を愛してくれる人が欲しいだけの寂しい女なの」
私は浮気を告白したいのではなくて、彼に今の私の本当の気持ちを伝えたかったと気が付く。
そして、自分も瑠璃のように結婚にこだわらず、一人で生きていける強さを持ちたいと思った。
私にはいつでも味方でいてくれる真智子がいる。
(なんで気付けなかったのか⋯⋯私を大切にしてくれる人がちゃんといるじゃない)
突然隼人が立ち上がり、私の方に近づいてきた。
彼が椅子に座る私の前に跪きながら、私の左手を握り薬指を摩ってくる。
「ルリの嫌がることは絶対にしたくないから、これからも本当の気持ちを伝えて欲しい。本当に酷い事をした。ルリが愛人のような関係を受け入れられないかもしれないって、どこかで気が付いていた。それでもルリも会社の利益も手放したくなくて全ての負担を押し付けたんだ。ルリなら何でも許してくれるって甘えて、一番大切にしなきゃいけないものを見失っていた。もう一度、僕を好きになってくれるように頑張るから。お願いだから見捨てないで僕の側にいて欲しい。僕にはルリしかいないんだ。ルリを失ったら僕は生きていけないよ。本当に心から愛しているのに傷つけてごめん」
隼人は私に顔を近づけてキスをしようとするが、私は咄嗟に彼の口元を右手で塞いた。
「好きでもない人とこういうことをするのは、心が削られて苦しい」
今の私は身も心も隼人を拒絶していた。私の世界には彼しかいなかったのが嘘みたいだ。
「ルリを誰より幸せにしたかったのに、僕自身がルリを傷つけてたんだな。本当にごめん」
「私も、もっと気持ちを話せばよかった。それと、私、明日から働きに出ようと思うの」
「えっ? どうして仕事なんか⋯⋯」
「私、勘当されてからずっとあった孤独感を埋めるように、隼人に依存してたと思う。でも、私には親友もいるし、一人じゃない。それに、孤独を受け入れられる強さを持ちたいの。ちゃんと自立したい。私たちの関係はもう終わりにして欲しい」
もう一人の私のように人に依存せずに生きたいと思った。彼女と話したことで大人になりきれていない自分を顧みる事ができた。
18歳で未来を閉ざされた気になった時、真智子が支えてくれた。
その後は隼人に頼って生きてきた。29歳にもなって、このままで良い訳がない。
「ルリの言う事なんでも聞くから、終わりだなんて言わないで⋯⋯」
隼人が私の左手に頭をつけながら言う。表情は見えないが声が震えていて心配になる。彼が悲しんでると反射的に抱きしめたくなるが、しっかり拒絶しないと私も前には進めない。
「隼人⋯⋯もう、自分の部屋に戻って⋯⋯」
「嫌だ。ルリと一緒にいたい」
「私は隼人とは、もう一緒にいたくない。隼人が出ていかないなら、私がこの部屋を出て行く」
私の言葉に彼が顔をあげるのが分かった。 傷ついた顔を見るのが怖くて咄嗟に目を逸らすと、彼が静かに部屋を出ていくのが分かった。