「細川さん、機内販売もありがとね」
「新聞、毛布も行っておきました。それより、森本さん飛行機の知識もすごいですね。マニュアルにも載ってないのに、わざわざ勉強したんですか?」
「自分の乗っている機種について学んどいて損はないでしょ」
「カッコイイ! 森本さん、一生ついていきます」
細川さんが私を見る目がハートになっている。
私は人に懐かれるのは初めてで戸惑っていた。
そして、私はこの後滅多にないインシデントに出会う。
「森本さん、これお客様の忘れ物でしょうか? 座席の下に落ちていたんですけれど」
彼女の手に握られていたのはドライバーだ。
「違う。これは整備さんの仕事道具。おそらく、伊丹空港の整備さんの忘れ物」
チーフパーサーの斉藤さんに報告を済ませ、松山の整備さんへ報告に行く。
私の父と年齢が変わらなそうな整備さんは開口一番とんでもないことを言った。
「すみません。この事は黙ってて貰えませんか?」
私の言葉に食い下がってくる整備さん。後ろの若い男性の整備さんもお願いのポーズで私を見ている。私だってそのような目上の方に説教をしたい訳ではない。
「そういう訳には行きませんよ。ハイジャックにでも遭ったらどうするおつもりだったんですか?」
「整備は通常ならこのようなミスはしません。伊丹ではインターバルも短かったようですし、確認を怠ったんでしょう」
「インターバルの短さは言い訳になりませんよ」
「忘れ物をした整備は何ヶ月も減給になります」
「それだけの事をしたんでしょう。何も起こらなかったのは運が良かっただけです。仲間意識は別のところに使ってください」
私の言葉に後ろで聞いていた若い整備さんが「怖い女」と呟いた。私だって、自分の父親くらいの年齢の人に説教をしたい訳ではない。ただ、仲良しこよしの隠蔽は客観的に誰の為にもならないと思うだけ。これを許して仕舞えば、整備さんの中に油断が生じる。そして、失態をしても仲間内で隠蔽すればなんのペナルティーもないという前例ができてしまう。全てのやり取り聞いていたのか細川さんが心配そうな顔をする。
「待ってなくて良かったのに」
「いえ、森本さん大丈夫ですか?」
「怖い女って言われた事? どう思われようと私は間違った事をしてないわ。さあ、レポートを書かないと」
私の言葉になぜか感動したような顔をした細川さんは私がレポートを書くのを見て学びたいとついてきた。
「本来なら、私の区分で見つかった落とし物だから私が書くべきものですよね」
細川さんの言う通りだ。
でも、私は自分が対応してしまった方が早いと思った。
「そうね。それから本来は伊丹空港出発前に貴方が見つけるべきだったのよ。座席の下はしっかりとチェックするべきだし、座席も全て問題ないか見渡した?」
以前、座席にガムが付着していて、クレームになった事があった。クリーニングクーポンを発行した事でお客様の怒りは治ったが、2度とそのお客様はTKL航空を使わないだろうと感じた。
「すみません。そこまでは⋯⋯」
細川さんの言葉に私はドライバーの置き忘れが伊丹以外の整備さんである可能性があることに気が付いた。整備さんを責めてしまったけれど、客室最終確認するCAの責任でもある。
「どこから座席下のドライバーがあったかも分からない? もし、それに気がついた乗客がそのドライバーを手に取って他のお客様に暴行でもしたら? 地上ではXーRAY検査までして危険を取り除いてるのよ。貴方の怠慢が全てを無にするの」
私の強い言葉に細川さんが震え上がっている。
キツイ言葉を使いすぎた。彼女は自分の責任でもある事に気がついてるのに、責め過ぎるのは適切ではない。
「言い過ぎたわ⋯⋯まだ、新人だものね」
「いえ、CAが新人だとかお客様には関係ありませんから」
真っ直ぐな目で細川さんが私を見つめてくる。ルリさんが私は父と似ていると言ったのを思い出す。攻め所があると、とことん責めてくる。私は責められている時、自分を守る為に無になった。細川さんが反省しているのに、さらに責めた私の言葉が彼女に届いているか不安だ。
ようやく解放され松山のホテルに到着し、ベッドに寝転がり本でも思った時にホテルの電話が鳴る。
(内線?)
「もしもし?」
「お疲れ様、森本さん。電話掛けたと思ったら、すぐ繋がってびっくりした」
思わずワンコール以内に取ってしまったのを指摘されて恥ずかしくなる。
「園田機長、昨日は申し訳ございませんでした。きびだんご美味しかったです」
「じゃあ、今日は元気にお供してくれるかな?」
「いいともと言いたいところですが、同僚に一緒にいるところを目撃されると面倒なので嫌なんです。昨日も本当は疲れていたのではなくて、後楽園だと誰かに会いそうで断りました」
私が謝るとしばしの沈黙が訪れる。彼は今日のインシデントについても耳に入ってるはずだ。仕事とプライベートは切り離す主義なのか、何も言わず私に気がある男のようにデートに誘ってくる。可愛く「はい、喜んで」とデートに行けない自分が憎い。基本、他人の目はあまり気にしない方だとは自負していた。それでも、園田機長という存在が最後の独身とも呼ばれる芸能人的な人気がCAの中であるのは理解している。彼と噂になるとガチ恋勢から恨まれるに違いない。仕事に差し支えるくらいなら、彼との関係は進まなくても良い。私の優先順位が彼に見透かされてがっかりされていないかだけが気に掛かった。
「あ、あの」
「森本さんって本当に正直な子なんだね。そういうところ凄く好きだな」
「えっ?」
急に心臓がバクバクし出して、言葉が続かなくなる。
「じゃあ、今日は道後温泉行かない? ホテルから距離あるし」
園田機長の言葉に頭を抱える。
2日連続で彼の誘いを断りたくないが、彼は地方を分かっていない。東京とは違い使うルートが限られるので、知り合いの遭遇率は格段に高いのだ。そして、道後温泉と言えば某有名アニメ映画のモデルになった場所。距離があっても絶対に行く同僚がいる。
私が黙ってると園田機長は勝手に勘違いをし出した。
「違うんだ。一緒に温泉に入りたいとか、エロいことを考えてるんじゃなくて」
しどろもどろになっている園田機長の声に私は逆に冷静になった。
「そんな事、思いつきもしませんでした。それと、どうしてホテルの内線でかけて来るんですか?」
「それは俺、森本さんの携帯番号知らないから」
「じゃあ、聞いてください。教えますから」
「森本さん、君と仲良くなりたいから連絡先を教えてください」
「はい」
私は園田機長と連絡先を交換し、羽田に戻ったら東京の雑踏に紛れて改めて会う約束をした。
この3ヶ月、園田機長と休暇を合わせてはデートを重ねて気がついた。彼は女慣れしていない。今まで女の方からガンガン来られて付き合った事はあったかもしれないが、自分からの距離の詰め方が分からなそうだ。
背が高く、見惚れる程整った顔立ちをしていて、パイロットという職業柄、彼はかなりモテる。でも、恋愛偏差値はおそらく私と大差ない。
彼と一緒にいると笑いのツボも同じで楽しい時間が過ごせる。彼がルリさんの言っていた通り、優しくて誠実な方だと分かった。私はどんどん彼の事が好きになっているのを実感している。
今日も上野にある動物園に来ている。
隣にいる園田機長は私の顔をじっと見つめていた。
「園田機長、あの夜の前に私の事を認識してましたか?」
機長と副機長に対して、CAは沢山いる。ルリさんから、彼は私の事を清楚なところに惹かれていたと聞いた。でも、それはリップサービスの可能性がある。
私の言葉に彼は静かに語り出した。