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第34話 360度見られている

 翌朝、朝食会場で園田機長を見掛けたが、周囲の視線があり会釈するのが精一杯。3泊4日CAはメンバーが変わらないが、機長と副操縦士はスケジュールが違うので2日連続一緒は珍しい。きっと明日のフライトは園田機長と一緒ではないだろう。だから、謝るなら今日しかチャンスがない。

 園田機長は新居副機長と2人席で食べ、私は他のCAと大テーブルに座った。

 パイロットの既婚率は高いが、CAの独身率も高い。基本CAは暗い機内でも身だしなみとしてしっかりメイクしている事が望まれる。しかし、今日はいつになく皆のメイクが濃い。そして、皆、朝食を食べる園田機長をチラチラとみている。


 私の向かいに座った厳しいと有名なチーフパーサーの斉藤さんも、うっとりするように園田機長を見つめていた。


「園田機長は、食べ方も美しいわね。きっと、良いところのお坊ちゃんなんじゃないかしら?」

 一番上のチーフパーサーの斉藤さんが雑談を始めてくれたのを良いことに皆が口を開き出す。


「なんでまだ独身なんでしょうね」

「理想が高くて、お眼鏡に叶う女性がいないんじゃないですか?」

「昔から女に言い寄られ過ぎて女に嫌気がさしてるとか?」

「昔、海外ドラマで30歳過ぎたイケメンの独身男はゲイだってやってました」


 私はあまりの皆の言いたい放題っぷりに、思わず飲んでいた水を引っ掛けてむせてしまった。


 背中に温かさを感じて、振り返ると園田機長が私の背を手で撫でていた。

「大丈夫? 森本さん」

 皆が園田機長の手に注目していて、彼も気がついたのか慌てて手を退ける。


「ごめん、セクハラだったよね」

「いえ、大丈夫です」

 皆に勘繰られるのが怖くて私は彼と目も合わせられなかった。園田機長はそのまま朝食会場を出て行ってしまう。


「森本さん、どうだった園田機長の温もりは?」

突然、斉藤さんが私にセクハラ発言をして来る。

「いや、別に」

「良いなー。私も園田機長に触れられたいです!」

「私も、手大きかったですね」

 朝食会場は大抵ホテルや空港で他のお客様もいる中で食べる。今日もホテルの中で他の客が沢山いる。私たちは航空会社の制服を着ているので、会社の看板。基本、静かに食事をするのだが園田機長のせいで皆、興奮状態だ。注意したいけれど、一番上の斉藤さんが一番興奮している。


 TKL航空は体育会系で上下関係が厳しい。私は自分より上の立場である斉藤さんには何も言えない。文化系な学生時代を送ってきた私だが流石に7年もするとこの状況に慣れて来た。


「あぁ、女性ホルモンが出て若返っちゃいそう」

 アラフォーの斉藤さんが乙女の顔をしていて、イケメンの力を知った。


 今日も私と細川さんはバディーだ。今日は岡山→羽田→大阪(伊丹)→松山。ポジションは後方。私がR5で細川さんがL5にアサインされいる。お昼過ぎには開放される予定。比較的、飛行時間の短い便ばかりなので、サービスできる時間が限られていて迅速に動かなければならない。


「森本さん、今日もご一緒なんて嬉しいです。よろしくお願いします」

 機内のチェックをしていると細川さんが颯爽と近づいてきた。

 今日も細川さんの私を見る目はハートだ。

私は比較的厳しい先輩で、後輩に好かれない。

これは人たらしのルリさんと関わった人間の後遺症。

(園田機長もそうなのかな⋯⋯)


 仕事中なのに余計な事を考えてしまい首を振る。


 ブリーフィングで機内の前方に集まる。

園田機長がチラチラ私を見てくるのを感じたが、私は周囲を気にして目線を逸らした。

 お客様の搭乗開始。細川さんがまた手間取っているのが見えて、近づく。

(ルリさんと細川さんでバディー組んでたなんて怖すぎ⋯⋯)


 見るとお客様がふくよかな女性でシートベルトが閉まらないようだった。ガチャガチャと細川さんが何とかシートベルトを閉めようとしていた。お客様は明らかに目立ちたくないのか俯いている。私はそっとエクステンションベルトを持ってきて、シートベルトを閉める。

「お客様、不愉快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」

小声で言うとお客様は静かに頷く。


 離陸してベルト着用サインが消えたところで、ギャレーでカートの準備をしていると細川さんから話しかけられた。


「さっきの、シートベルトのお客様、女優の小野村渚ですよね。去年引退した。去年までは、スラっとしてたのに太っててびっくりしました。元芸能人なのにスペシャルシートじゃなくてエコノミーなんですね」


 私は細川さんの言動に呆れてしまった。スペシャルシートは前方にあり、搭乗客の目に晒されやすい。今日、小野村渚が選んだ席は後方。態度から察するに、身元が露見して騒がれたくないのが明白。その程度のことも理解できず、元芸能人にキャーキャー言っているなんて下品過ぎる。


「細川さん。機内での会話には気をつけて。機内では360度見られていると常に意識するの。それと、お客様の噂をするなんてもってのほか」


 私は注意したのに、細川さんは笑顔で「はい」と言って仕事に戻った。私の注意を聞いているのか聞いていないのか掴み所のない子だ。ミーハーな感じもあり、私は苦手なタイプ。真咲隼人や槇原真智子と関係を築いたり、ルリさんは人を選ばず仲良くするタイプなのかもしれない。

(それゆえに危険な目にもあってるんだけどね⋯⋯)



 サービス時間が13分程度で、飲み物を配り機内販売まで終える羽田→大阪(伊丹)便。私は再び細川さんから「困ってます」のアイコンタクトを贈られた。

 細川さんが揉めているお客様のところまで行き、跪く。


「お客様、如何致しましたか?」

 眼鏡をかけたお客様は沢山の飛行機雑誌を持っていた。

「この子飛行機のことなんも知らなくて、今日の搭乗機について聞きたかったんだけど⋯⋯」

「私が承ります」

 かなりの航空マニアのお客様だった。でも、話が終わらなくて困ってしまう。ふと、細川さんを見ると機内販売をしてくれていた。


「お客様、少々お待ちください」

 私はギャレーに戻り、おもちゃ袋から飛行機の小さい模型を出す。本来は搭乗の記念に配るものだがやむをえない。汚物用の小さい紙袋に模型を入れて、お客様のところに向かう。


「お待たせ致しました。こちら宜しかったらご搭乗の記念にお持ちください」

訝しげに紙袋の中身を見たお客様は目を輝かせた。

「えっ、ありがとう。凄い嬉しい」

 私はようやく解放されギャレーに戻る。すると、細川さんが紙コップにお茶を入れて渡してきた。

(あれ? 気が利く)

 私は笑顔でカップを受け取りながら礼を言う。



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