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第33話 お供してください

 私はすかさずお客様のところに行き、跪く。


「お客様いかが致しましたか?」

 すると気難しそうな初老のお着物の女性がコーヒーの紙コップを差し出してきた。


「コーヒーが温いのよ」

「お客様、機内でのコーヒーは温めになっております。飛行機が揺れて溢れて火傷をしてしまうと大変ですので」

「そうなの? それならそうと早く言ってくれれば良いのに」

お客様が細川さんを睨みつける。

「お客様、素敵な一竹辻が花のお着物が万が一シミになってしまうといけないので毛布をお持ち致しましょうか」

「あら、お願いしようかしら」


 私は毛布と、カップに蓋とストローを付けたアイスコーヒーを持ってきた。

「あなた気が利くわね」

「恐れ入ります」

 私はホットコーヒーを下げにギャレーに戻る。


 カーテンを開けて、足早に細川さんが戻ってきた。


「ありがとうございます。森本さん」

「お着物のお客様にはホットコーヒーは出してはダメ。飲み物を提供する時は必ず蓋をしてお出しして。万が一溢されたら大変な事になるわよ」

 明らかに100万円以上の着物を着ていたお客。飛行機が揺れて服を汚損したところで、渡せるクリーニングクーポンは2千円。納得する訳がない。


「なるほど、リスクヘッジですね」

 反省していないのか、前向き過ぎるのか、またサムズアップしてくる細川さんに私は戸惑いしかなかった。


 機内販売まで終了して会計の纏めにかかる。

「はい、できた」

「こんなのは慣れよ。苦手だと思っていてはいけない。R2で良かった会計の纏めができるとくらい思わなきゃ」

「は、はい!」

「それから、インターバルの時にマニュアルを持って来なさい。聞かれるところに印をつけるから、そこだけまずは暗記して」

「お気遣いありがとうございます」


 私はプリブリーフィングから嫌な雰囲気で仕事をしたくないからした提案なのに細川さんは嬉しそうだ。

 私も以前はマニュアルを完璧に覚えないと、飛ぶ資格などないと思っていた。外資が人の記憶を信用していなくて、暗記ではなくマニュアルを携帯させていると聞いても丸暗記が基本。

 でも、ルリさんのパニックで気を失った話を聞いたら、自分も非常時に頭が真っ白になる可能性がある気がして来たのだ。そのせいか、細川さんがプリブリーフィングで緊張して記憶が飛んでしまったと言ったのが言い訳に聞こえなくなっていた。



 問題なくフライトも終わり、岡山のホテルに到着する。ベッドに寝転がりながら、本でも読もうとした時だった。突然、ホテルの電話が鳴る。

(内線?)


「もしもし?」

「お疲れ様、園田一樹です」

 私は突然の園田機長からの電話に思わず受話器を落としそうになった。

 ホテルって部屋間で内線で電話できるのを初めて知った上に、園田機長が私の部屋番号をチェックしていることにドキドキする。



「お疲れ様です」

「今日は機内アナウンスが森本さんで、凄く幸せな気分でフライトできたよ」

「はぁ、御用はそれだけでしょうか」

 自分で自分が嫌になる。私はどうしてこんなに可愛げがないのだろう。

「実はデートに誘いたくて。ホテルから後楽園が近いから一緒に行かない?」

「行きません! 疲れてます!」

 私は思わず電話を切ってしまった。ホテルから徒歩圏の後楽園。今日は新人が多かったから、観光に行ったら同僚に出会す。私と園田機長が一緒にいるところを見られたら一気に噂になるだろう。

(女の嫉妬と、噂のまわる早さを知らな過ぎ!)


 本を読もうと開くも、自分の先程の園田機長への対応が可愛げがないを超えて失礼だったと気づく。

(文字が頭に入ってこない⋯⋯謝りたい)


 連絡しようにも、携帯番号を知らないし、部屋番号も分からない。みんなの前で話し掛けたら噂になってしまう。


「カタン」

 混乱していたら、扉の外で音がした。

私は扉を開けてみると、ドアノブにデパートの紙袋が掛かっているのに気が付く。

 とりあえず私は紙袋を取り、部屋の中に入り中を見ていた。


「きびだんご詰め合わせ? マスカットきびだんごなんてあるんだ」


 紙袋の中にはカードが入っていた。

『疲れた時には甘いモノが食べたいかなと買ってみました。今度、元気な時に俺にお供してください。 園田一樹』


「お供⋯⋯だから、きびだんご?」

 私は心に温かいものが流れ込んでくるのを感じた。どのように彼との仲を進展させれば良いか分からないが、この恋を掴み取りたい。


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