私は園田機長と交際を始めようと思った。傑とはしっかり話をした上で別れる事にした。私はストリングスカフェ銀座で傑と会うことにした。
「瑠璃、会ってくれてありがとう」
傑は話さえすれば、何もかも元通りになると考えているようだった。ルリさんに父に似ていると言われたのは私の中でショックだった。確かに自分の考えだけで人の話を聞かず切り捨てるのは良くない。
ストリングスカフェ銀座は柏木さんが働いている姿も店の内装も並行世界と全く同じことに驚く。
本当にたった一つの出来事で私とルリさんは全く違う人生を送ったのだ。
(人生って面白いけれど、怖い⋯⋯)
オープンテラスの席に付き、水が運ばれてくるより先に私は口を開いた。目の前の悪びれない傑を見ていたら、とっとと方を付けたい気分になった。
「傑が浮気しようとした夜に私の傑への気持ちは全くなくなったの。もう、好きじゃないから結婚はできない」
私の言葉に傑が目を見開く。
私は何度も彼を振ったはずなのに、彼は本気にしていなかったようだ。
「そんなにすぐ気持ちって冷めるの? 挽回の機会をくれよ」
「傑への気持ちは冷めたし、もう新しい恋もしてるから傑の入る余地はない。さようなら」
私は自分のせっかちっぷりに少し呆れた。
「待ってくれよー。もう来月結婚するって親にも会社にも言ってるのに! いい笑い者だよ。このままだと俺の人生終わりなんだけど」
傑の言い分に私の中の何かが切れた。
「その程度で人生終わり? 親に勘当された訳でも、会社を辞めさせられた訳でもないよね。いい歳して甘ったれんな! じゃあね、お元気で」
目の前の男は、先程から世間体についてしか主張していない。彼は私の事が本当に好きだったのかさえ疑わしくなってきた。しかし、それは私も同じかもしれない。身元のしっかりした家柄で、交際へのステップを踏んだちょうど良い相手。学歴や家柄にこだわってしまうのは森本家で刷り込まれた価値観。それら全てを一瞬で失ったルリさんを思うと胸がキリキリしだす。
「瑠璃! お前って本当に可愛げないな。俺だから許せたけど、あのパイロットにはそんなんじゃ逃げられるぞ」
傑は二言目には、私は自分のような寛容な男でないと無理だと言う。彼に言われなくても可愛げがないのを自覚しているし、園田機長が好きなのはルリさんだとも分かってる。
「そんなに、結婚したいなら桃華さんとしたら?」
「あんなのと結婚なんてできる訳ないだろ。瑠璃はここで俺を逃したら絶対後悔するぞ」
私は大きく溜息をついた。
「後悔なんてしないわよ。偉そうに遊びの女作る男なんか興味ないわ。冴島さんは可愛い私を知らなくて残念ね。私、これから好きな人の前だけでは可愛くなる予定だから! じゃあ、今度こそ永遠にバイバイ」
傑と会うことは、もうないだろう。私は彼の誠実な面に好意を持っていたから、今となっては彼と友人に戻りたいとも思わない。こうやって人を断捨離しているから、私にはルリさんのように親友もいない。私も大切な人に対しては心を寄せられる人になりたい。
私の世界では、真咲隼人は大河原麗香と結婚した。散々浮名を流しても結局政略結婚をしたのかと、世の女性はガッカリムードだ。
もし、あちらの世界で一般人のルリさんが彼と結婚したら、とんでもないシンデレラストーリーに皆が感動しそうだ。真咲隼人との出会いをルリさんはクリスマスの奇跡と言っていたが、世間ではそれをナンパと呼ぶ。そんな偶然の出会いから二人が結ばれたら、銀座のジュエリー真咲は恋人の聖地になるだろう。
ルリさんは自立を目標にあちらの世界に戻って行ったが、彼女の状態を考えると心配しかない。
そして、私はルリさんと園田機長と恋愛できるように頑張ってみると約束した。
私は園田機長に自分を好きになって欲しくて、女磨きをするようになった。早速、美容院の連絡を入れてヘアスタイルを整える。
「髪が乾燥して傷んでいるので、トリートメントをお付けしませんか? 髪がトゥルトゥルに潤いますよ」
「いえ、けっ⋯⋯ケラチンとかケラスターゼ的なものですよね。お願いします」
いつものセールストークだと反射的に断ろうとするが、ルリさんを思い出しトリートメントをつけてみる事にした。ルリさんの思わず触れたくなるような艶々の髪は、彼女の好きな人に触れて欲しいという気持ちが溢れ出ていた。
「どうですか? 本当にサラサラでしょ」
美容師が私の後ろ髪を得意げに合わせ鏡で見せてくる。
仕上がった髪に指を通す。気持ちが上がる。
しかし、薬剤を塗って熱を加えただけに見える。
(これ、自分でやった方が安いんじゃ)
カットに関しては美容師の技術を感じて、お代を払う価値を感じた。
トリートメントはセルフでやれる気がする。7千円もこの薬剤と熱を加えた電気代にかかっている訳がない。
「サラサラですね。使った薬剤を教えてください」
「こちらです。サロンで使用しているもので、販売もしてますよ」
「そうですか」
私は銘柄だけチェックして、ネットで最安で購入することにした。
仕事でまとめ髪にするから髪のケアを気にすることがなかったが、髪が艶々なのは悪くない。