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第28話 飲み込んだ方が良い秘密

 「結婚したいくらい好きだからお持ち帰りした」というルリさんの発想に驚いた。

 お持ち帰りされて結婚なんて、白雪姫みたいな話だ。

 彼女は私と同じ合理的で厳格な家庭で育ったのに、塔の上に7年囲われて見た目も中身もお姫様化してしまっている。


 私と園田機長は業務上の会話しかした事がない間柄だった。


 ルリさんは夢見るお姫様を自分は卒業できた気でいるようだが、全く卒業できていない。

 考え方がふわふわして感じているのは今彼女のメンタルが本当に危機的状況だからかも知れない。


「ねえ、瑠璃。一樹と瑠璃のストーリーが私の存在がなければ始まらない物語だとしたら奇跡のような始まりだと思わない?」

「確かに⋯⋯ルリさんがいなければ、私と園田機長は永遠の同僚だったと思います」

 ルリさんは美容を頑張ってるからか見た目は女子大生のようだ。それ以上に心が夢見る少女のままで、男に酷い目に合わされたのに何故学ばないのか心配になった。会社の分厚いマニュアルを一晩で覚えるという、下手したら私以上の記憶力を持っているはずなのに不思議だ。彼女の柔らかい雰囲気は、悲惨な記憶を必死に脳から追い出しながら作っているようにも見えて胸が痛くなった。


「もっと過程を大切にしたい物語ならこれからでも作れるよ。園田機長なんて役職で呼ばないで、一樹って呼びなよ。自分から距離をとってどうするの?」


「ルリさんこそ真咲隼人を捨てたらどうですか? ルリさんになった時、同じ私のはずなのに皆が振り返って見る程の美しさだというのが分かりました。それだけ美しいのだから彼に拘らなくても良いと思います」

「ふふっ、見た目しか褒めてくれないの?」


「いや、本当の友情を築けるところも素敵だと思います。私には親友と言える人間がいないので」


 私はルリさんと話しながら、クラクラするような彼女のときめきと癒しの沼にハマりそうになっていた。「可愛い、守ってあげたい」と女の私にでさえ思わせる怖い人だ。

 なんだか彼女は見ているだけで人をキュンキュンさせる何かを常に放っている。

 仕草も表情も愛らしくてずっと見ていられそうだ。近づき難いと言われた事さえある私と同じスペックを持って生まれた女とは思えない。


 美容を頑張り可愛いを追求するとこんな生物に仕上がるのだと感動さえ覚える。確かに彼女は難攻不落の男も落とせる魅力的な女だ。

 美容に無頓着な私の中に入っても、彼女の溢れ出る可愛いが園田機長を刺激したのだろう。


 私は美人とは言われるが可愛いとは言われた事がない。


 私が可愛いと言われたのは園田機長に「俺の可愛くて淫らな奥さん」と言われた一回だけだ。

 あれは明らかにルリさんに向けた言葉だ。


 真咲隼人の計算高さが恨めしい。

 ルリさんに他の男の接触を許さないような7年もの時を過ごさせ、自分に惚れ込ませた。その上で、力関係を武器にして愛人になることを強要。

 巨万の富を築いている人間とはそれ程の計算高さがないとやっていけないのかもしれない。

 それでも、ルリさんの過去を知ればトラウマを抱え家族を求める人にやって良いことじゃない。


 ルリさんは真咲社長と別れなければと終始繰り返しているが、完全に彼に心が残っている。


 常に彼のことを考えてしまう癖をつけられていて可哀想だった。


 ルリさんが真咲社長が自分の浮気を伝えても信じてくれないことを嘆いているのを見て、彼女は私が失った純粋さや人に誠実でいたいと願う真っ直ぐさを失ってない子だと思った。

 彼女だからこそ、真咲社長が悪魔に取り憑かれたと嘆きながらも必死に縋ってきたのだろう。


 自分が男ならルリさんのように真っ直ぐ自分と向き合ってくれて、自分の為に必死に頑張ってくれる子は絶対に手放せないと思う。損得勘定ばかりで近寄ってくる人間が多い真咲社長ならなおさらだと感じた。そして、ルリさんの持つ危うい純粋さはオオカミの格好の餌食になりやすい。

 私は真咲社長がルリさんを異常なまでに束縛してしまうのを、少しは理解できてしまった。


 ルリさんは勝手にカードを使って買い物をしてしまったことも謝ってくれた。

「値札を見ていないから幾らだった分からないの。多分ボーナスくらいの値段だって同期っぽい子が言ってたの⋯⋯」


 50万円くらいだと思ったが、実は80万円くらいするのかと思うと震撼した。

(ハイブランドの店ってレジで値段言わないの?!)

 しかし、目の前の可愛い子が眉を下げていたら大丈夫としか返せない。オリジナルスペックが私と同じだったとは思えない程にルリさんは女の魅力が極限突破している。

 財布の紐のきつい女の私をこんな気持ちにさせるルリさんは確かに魔性の女だ。


「私も、もうアラサーだからあれくらいの服が一着くらいは欲しかったから大丈夫ですよ」

 淡いクリーム色のワンピースは非常に上品な色合いで、一目でわかる高価な生地だった。

 そんな服を一着くらい持っていても良いのかもしれないと自分を納得させた。


「全てを正直に伝えることだけが正しいのではなく、時には飲み込んだ方良い秘密もあるかも知れません。それと、初対面の男性から出される飲み物は怪しんだ方が良いですよ。世の中、悪い人の方が多いですから」


 私はルリさんにも何かためになる助言をしたいと思うが、想像もつかなかったような辛い経験をした彼女に何を伝えていいか分からない。それでも、私を想い色々助言してくれた彼女が幸せになれるように、私なりの考えを伝えようと思った。


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